北野隆一(きたの・りゅういち) 朝日新聞編集委員
1967年生まれ。北朝鮮拉致問題やハンセン病、水俣病、皇室などを取材。新潟、宮崎・延岡、北九州、熊本に赴任し、東京社会部デスクを経験。単著に『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』。共著に『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』『祈りの旅 天皇皇后、被災地への想い』『徹底検証 日本の右傾化』など。【ツイッター】@R_KitanoR
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「論争」で構成されたドキュメンタリー、公開後に新たな「論争」
「事実は映画よりも奇なり」というべきか。
ドキュメンタリー映画「主戦場」は、慰安婦問題をめぐって対立する論者のインタビュー映像を並べ、観客の目の前であたかもバーチャルな「論争」が展開しているかのように再構成された作品だった。2時間余の映画が結末を迎えるころには、監督が考えた一定の「結論」が作品内で示される。
しかし映画公開後、こんどは映画の取材や製作方法をめぐる新たな「論争」が起こった。出演者が監督を相手取って提訴したのだ。映画の枠をはみ出したこのリアルな「論争」にはシナリオがなく、結末がどうなるかはまだだれにもわからない。一審判決は1月27日に東京地裁で言い渡され、監督側が勝訴したが、原告の出演者らは控訴の意向を示している。
日系米国人のミキ・デザキ監督は米フロリダ州出身。2007年に来日し、山梨や沖縄の中学や高校で英語指導助手をした際、日本には部落問題や在日コリアンなどの差別の問題があると知った。2014年、韓国人元慰安婦の証言を報道した植村隆・元朝日新聞記者が強い非難を浴びた問題がきっかけで、慰安婦問題に関心をもったという。
デザキ氏は、在学していた上智大学大学院の卒業制作のためとして、2016年から慰安婦問題について日米韓の30人以上にインタビューした。
ジャーナリストの櫻井よしこ氏や杉田水脈・衆議院議員ら、慰安婦の強制連行を否定する立場の人々に取材した一方、慰安婦問題に詳しい歴史学者の吉見義明・中央大学名誉教授や林博史・関東学院大学教授らからも話を聞いた。慰安婦の人数や強制連行の有無などの争点ごとに主張と反論を並べ、2時間余のドキュメンタリー作品にまとめた。
映画の題を「主戦場」と名付けたのは、慰安婦を象徴する少女像が建立されるのに反対する人たちが「米国こそ慰安婦論争の主戦場だ」と語るのを聞いたのがきっかけという。
2019年4月に一般公開され、国内約60カ所で上映されたほか、欧米の大学など国内外延べ50カ所以上で上映会が開かれた。
提訴した原告5人は、この映画の出演者だ。
米国弁護士でタレントのケント・ギルバート氏▽「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長▽歴史問題を国連など国内外で主張するグループ「なでしこアクション」の山本優美子代表▽「テキサス親父」の愛称で動画での評論活動を行う米国人トニー・マラーノ氏▽マラーノ氏の活動を日本に紹介する「テキサス親父日本事務局」の藤木俊一氏。いずれも慰安婦の強制連行を否定する立場でインタビューに応じた。
映画の公開後、藤岡氏と藤木氏、山本氏らは2019年5月30日に記者会見して抗議声明を発表した。「学術研究だというから協力した。商業映画として一般公開するならインタビューは受けなかった。承諾なく出演させられた」と主張。
これに対しデザキ監督は6月3日に記者会見し「出演者は全員、『合意書』や『承諾書』に署名した。これらの書類には映画上映や販売を承諾する項目もあり、公開の可能性も知っていた」と反論した。
5人は6月19日、デザキ監督と映画配給会社「東風」を相手取り東京地裁に提訴。「事前の合意に反し、だまされて映画に出演させられた」などとして著作権や名誉権の侵害を主張した。
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