子供の将来に負の影響、文化芸術活動も否定/感染症対策と活動は「両立可能」
2022年02月16日
政府は、オミクロン株に変異した新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、全国の36都道府県にまん延防止等重点措置を発令している。文部科学省は4日、「10代以下の感染者数の増加が急速に進んでいる」として、感染症対策の徹底を求める事務連絡を全国の都道府県教育委員会に発出し、授業における合唱や管楽器演奏、調理実習のほか、感染拡大リスクの高い部活動の自粛を要請した。
全国知事会が「学校などの教育関連施設で感染が拡大している」と対応指針を早急に示すよう提言したことを踏まえ、政府の感染症対策分科会を経て、対策強化に踏み切った。これに前後して、部活動を原則休止とするケースが全国的に相次いでいる。だが、運動部の部活動が停滞すれば体力低下に拍車をかけるだろうし、スポーツや文化面で活躍したい子供たちの夢を奪うことにもなりかねない。
地方議員をしている筆者は、子供に対するマスクやワクチン接種の見直し、教育環境の回復を求める要望を受けることがある。その思いを一言でまとめると「将来を担う子供たちのことを第一に考えてほしい」ということだ。筆者が時折受け入れているインターンの大学生からは「オンライン授業ばかりで友人関係を作りづらい」との悲痛な声も聞く。
子供や若者は重症化リスクが低いが、感染拡大の原因になるとして「青春の自粛」を余儀なくされており、不憫でならない。本稿では部活動の意義、役割を考えたうえで、事務連絡が抱える問題点を指摘したい。
昨年8月10日に行われた全国高校野球選手権(夏の甲子園)の開会式。石川県代表、小松大谷高校の木下仁緒(にお)主将は選手宣誓を高らかに行い、大きな拍手を受けた。木下選手は憧れの夢舞台に出場できたから、まだよい方だ。コロナ禍では、運動部の様々な大会の中止が相次いでおり、部活動の運営は苦境に立たされている。
感染リスクの高い部活動の休止を求める文科省の事務連絡については「期間をハッキリさせないと先行きが見えないのではないか。中学生や高校生は辛いだろう」と気遣う。
中学校の保健体育では2012年度から、武道やダンスが必修化されている。改正された教育基本法で、「伝統と文化の尊重」が掲げられたことを踏まえた対応だ。武道人口の底上げも期待されるが、コロナ禍における部活動では、中学校や高校の部員自体が減ってしまうケースもあるという。
神奈川県内の県立高校の剣道部の顧問教諭は「うちの学校では、感染不安から部員が3分の1に減ってしまった。剣道は、面マスクの内側でフェイスガードをしている。コロナ禍でも何とかできるように工夫を重ねており、感染した事例は他の種目と比べても圧倒的に少ない」と話す。
だが、感染拡大防止と部活動の両立に対する理解はなかなか進んでいないようだ。保護者からは「感染すると兄弟が大学受験できなくなってしまうので、部活を休ませてほしい」という声も寄せられているという。
新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、剣道愛好家として知られる。4段の腕前を有しており、月刊誌『剣道時代』の2020年9月号では「小学生の運動会で一等賞を取った時の気分でした。審査は励みになります」と昇段の喜びを語ったこともある。武道家の尾身氏は、部活動の苦しい実情をどのように見つめているのだろう。
昨年夏の東京オリンピックでは、過去最多となる9個の金メダルを獲得した日本のお家芸、柔道も、その足元は揺れている。全日本柔道連盟(全柔連)の2020年度の会員登録者数は12万1532人となり、コロナ前の前年度より2万2017人(15%)の大幅減となった。
コロナ発生前から毎年、数千人程度が減少する右肩下がりの傾向にはあったが、コロナ禍が一気に追い打ちをかけてしまっている。
文科省が発出した事務連絡は、「オミクロン株による感染が急速に拡大している」としたうえで、「特に感染リスクが高い教育活動」を以下のように例示している。
(1)各教科等
【各教科共通】長時間、近距離で対面形式となるグループワーク、近距離で一斉に大きな声で話す活動
【音楽】室内で近距離で行う合唱、リコーダーや鍵盤ハーモニカ等の管楽器演奏
【家庭、技術・家庭】近距離で活動する調理実習
【体育、保健体育】密集する運動や近距離で組み合ったり接触したりする運動
(2)部活動等
・密集する活動や近距離で組み合ったり接触したりする運動
・大きな発声や激しい呼気を伴う活動
・学校が独自に行う他校との練習試合や合宿等
事務連絡では、これらについて「(文科省が定める)衛生管理マニュアル上のレベルにとらわれずに、基本的には実施を控える、又は、感染が拡大していない地域においては慎重に実施を検討する。その他の感染リスクの高い活動についても、同様の考え方により対応する」と要請している。
活動を制限する期間については「感染収束局面においては、可能な限り感染症対策を行った上で、感染リスクの低い活動から徐々に実施することを検討して差し支えない」としており、この部分だけ読めば、オミクロン株の収束までと解釈されるだろう。
一方、「マニュアル上のレベルにとらわれずに控える」とも記しており、検査陽性者数がゼロでも継続するようにも読み取れる。期間がいつまでかが判然としない「霞が関文学」となっている。
スポーツ庁の担当者は、筆者の問い合わせに対し「部活動の一律中止や大会中止を求めているものではない。対人練習ができなくても個人練習はできる。感染拡大の状況を踏まえて自治体で判断してほしい」としつつ、自粛を求める期限については「定まっていない」と話す。
授業や部活動の制限対象として例示された「密集する活動や近距離で組み合ったり接触したりする運動」とは何を指すのか。事務連絡では具体的な種目を例示しておらず、現場の判断に委ねている。
だが、普通に考えると、対戦相手と格闘する柔道、剣道、相撲はもとより、サッカーや野球、ハンドボール、バレーボール、バスケットボール、ラグビー、アメリカンフットボール、ホッケーといった団体競技は、近距離の接触や激しい呼気を伴うため実施が難しい。当てはまらない種目はゴルフ、弓道、アーチェリーなどの個人競技に限られる。
文科省があえて一律休止を求めず、感染リスクが高い活動を例示したのは、感染リスクが低い活動は実施してよいという「親心」の表れのようにも見える。
一方、競技種目を名指ししてはいないものの、リスクが高い活動を明示したことは、感染が落ち着いた後も「この活動は感染リスクが高い」と「差別」を生む温床ともなり得る。制限する範囲が広すぎるため、感染リスクの多寡にかかわらず部活動を原則休止する地域も出てくるだろう。
子供たちの体力低下が社会問題となっている。
スポーツ庁は昨年12月、小学5年、中学2年の児童生徒全員を対象に行っている2021年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果を公表したが、コロナ前の2019年度と比べ、小中男女ともに体力合計点が低下していた。とりわけ、男子の低下が顕著であり、調査を始めた2008年度以降、小中ともに過去最低となっている。
スポーツ庁は体力低下の原因について、①運動時間の減少②学習以外のスクリーンタイム(テレビ、スマートフォン、ゲーム機等の映像視聴時間)の増加③肥満である児童生徒の増加――の3点を挙げている。同庁では「コロナの感染拡大防止に伴い、学校の活動が制限されたことで、体育の授業以外での体力向上の取り組みが減少したことも考えられる」と分析している。これは部活動を中心とする課外活動の活動量低下が影響したことを意味している。
中学生の運動部の部活動の平均活動時間も減っている。2020年度はコロナの影響で調査自体が中止となっているが、2021年度はコロナ前より男女ともに2割程度減少している。活動量の低下は中長期的に悪影響を及ぼす可能性がある。
そもそも部活動の意義とは何だろうか。文科大臣が教育課程を編成する際の基準として定める「中学校学習指導要領」(2017年告示)では、「スポーツや文化、科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等、学校教育が目指す資質・能力の育成に資する」と明記している。
さらに、指導要領の解説では「部活動は、異年齢との交流の中で、生徒同士や教員と生徒等の人間関係の構築を図ったり、生徒自身が活動を通して自己肯定感を高めたりするなど、その教育的意義が高いことも指摘されている」と説明している。
部活動はチームワークや礼儀を学ぶ機会でもある。スポーツや文化芸術活動の普及、振興に寄与するだけでなく、児童生徒の豊かな人間形成を図る意味でも大きな意義がある。部活動に限らないが、何かに一生懸命打ち込むという経験は、社会人になってからも貴重な財産となるはずだ。
日本人だけでなく、世界中のファンの心を動かしたのは「たゆまずチャレンジする精神」である。これは部活動において培うことができる力だろう。
部活動をめぐっては「休日出勤するなど教員が多忙化する大きな原因となっている」「学業との両立が難しくなる」として近年、簡素化する動きが出始めている。教育新聞の2018年7月20日の記事によると、宮城、茨城、長野の3県は朝の練習を原則禁止にしているという。
一方、教育学の分野では近年、再評価する見解も出ている。やり抜く力、やる気、忍耐力、自制心、社会性、対処能力といった数値化できない「非認知能力」を培うことができるからである。これはコロナ禍を機に普及が始まったオンライン教育で代替できるものではない。
中室教授は、同書で「非認知能力への投資は、子どもの成功にとって非常に重要であると示されています。非認知能力を鍛える手段として部活動や課外活動にも注目が集まっています。目の前の定期試験で数点を上げるために、部活や生徒会、社会貢献活動をやめることには慎重であるべきかもしれません」と説いている。
この指摘は、感染症対策を優先して部活動の休止を求める現状への警句と受け止めることもできるだろう。
文科省の事務連絡によって、文化系においても一部の部活動が休止に追い込まれてしまう。人的接触を回避しやすいので運動部ほどではないはずだが、事実上名指しされた合唱、吹奏楽の部活動継続は当面厳しいだろう。関係団体も反発している。
なかでも、「感染レベルにとらわれず基本的に控えていただきたい」とする部分について、「誤解や曲解を招きかねない。単に学校教育だけでなく、プロ・アマチュアを問わず演奏活動の機会を否定する。文化芸術活動の否定に直結する由々しき事態」と厳しく批判している。
それゆえ、文科省の外局である文化庁の都倉俊一長官は
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