日本は苦渋の歴史を活かせたか。メダル獲得と同時に求められる実力
2022年02月20日
史上初めて夏(08年)と冬を開催した北京五輪が閉幕する。冬季五輪最多となった日本のメダリストたちの活躍、名場面や感動的なシーンは数えきれない。
一方、様々な問題に直面した大会でもある。ノルディック・スキー混合団体では、注目される新種目・初代王者を狙った日本の高梨沙羅を含め、ドイツ、オーストリア、ノルウェーは2選手と、女子有力選手5人がジャンプスーツの規定違反で失格。北京五輪を象徴する汚点となってしまった。
ジャンプの後に抜き打ちで検査が行われるのは選手も承知しているルールだ。スーツだけではなくスキー板、ブーツも検査され、連戦するW杯では、今大会ノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑、高梨とも失格している。
今回の問題点は、FIS(国際スキー連盟)が、W杯や世界選手権とは異なる、4年に一度の五輪で、念願の新種目・男女混合種目をアピールする絶好機になぜ、「見せしめ」のように失格者を出したのかにある。
北京五輪には7つの新種目が加わり、そのうちジャンプ、スキーのエアリアル、スノボードクロス、ショートトラック4つが、男女混合種目だ。これにより、女子参加比率が冬季五輪最高の45%にまで引き上げられるなど、IOC(国際オリンピック委員会)にとっても目玉となるはずだった。
ルールはもちろん尊重されるべきだが、女子5人の失格によって初代王者決定戦の競技性は損なわれ、そこから波及する競技人口やマーケティングの拡大といったチャンスに、自分たちで急ブレーキをかけた責任は重い。
女子選手を検査するコントローラー(検査員)は女性が務める。FISによれば混合団体ではポーランド人に加え、通常よりも1人増員しフィンランド人が加わっていた。
日本は「ミズノ」がスーツを提供。国内の開幕戦に合わせて選手個々のサイズを測定し、一人につきシーズンを戦うための十数着を制作する。FISの規定、厚さや通気性をクリアする承認を得て、選手に渡る。シーズン中の運用は、よほどの調整や問題が生じない限りメーカーではなく現場の裁量だ。
日本はミズノ、ノルウェーも自国ブランドのスーツを着用。スロベニアはジャンプ5種目のうち、混合団体の初代王者の座と女子ノーマルヒル(NH)で金メダルと銅メダルを獲得し、男子団体でも銀と、もっとも多い4つのメダルを獲得した。着用した「アンダーアーマー」(本社・米国)は、冬季五輪での存在感アピールに成功した。
ポーランドは、夏の五輪にも進出し市場を拡大する自国ブランド「4F」で男子ノーマルヒルの銅メダルを獲得した。
メダル獲得国がノルウェー5、ドイツ4、ポーランド2、日本(高梨)の4か国だった18年平昌五輪を思うと、北京で実施された5種目15個のメダルを8カ国(混合団体銀メダルはROC=ロシアオリンピック委員会)で分けた結果は、各国の争いがこれまで以上に激しさを増した証でもあり、今大会の結果は勢力分布図を変えた。
実は、ジャンプスーツの素材を提供しているのは、世界でドイツとスイスのメーカーわずか2社しかない。各国とも、自動車業界の「OEM供給」に似た構造で、素材は同じものを使用する。
かつて、素材から含めて、メーカー同士のし烈な競争で提供されたスーツも大きく様変わりした。
「1着10万円以上の高価なスーツに市場はなく、しかも年々進化する選手の技術力、目まぐるしく変わるルールに対応するコストに見合う収益は全くない。メーカーが続ける限界がある」と、ジャンプスーツから撤退した海外メーカーの関係者は説明する。
メーカー単体による開発、製造が難しくなった現在、各国とも、国が総力あげて資金を投じ、実験、開発で違いを生み出す潮流となった。各国のスポーツ科学機関が、国家予算をバックに風洞実験などを実施。いわば「国家機密」ともいえる独自のデータがスーツに搭載されている。
同じメーカーのウエアを何か国かで契約するのではなく、メダルを獲得した8カ国は全てメーカーが異なり、ドイツ、オーストリア、ROCはメーカーではなく自分たちで作った「ステルススーツ」だった。国同士の激しい競争を示すひとつの現象といえる。
高梨の失格を受けて、7日には、ジャンプチームの横川朝治ヘッドコーチが取材に応じこう答えている。コメントには、日本チームとして最大限の警戒を怠った後悔と同時に、激化する競争の背景がうかがえる。
FISは、こうした状況下で、スーツの規定違反を厳格にチェックする必要性を突きつけられ、を取った。失格者は、スーツに限らず、ブーツやスキー板でも出ている。4年に1度の舞台で、混合団体に出場した女子選手20人中4分の1を失格とする強引な手段を取ったFISの運営、体質も問われる。
FISによると失格した各国から正式な抗議はないという。しかし連盟内に生まれた不信感や、何より五輪の大舞台で大量の失格者を出した国際的な不名誉を挽回できるのか。正式な抗議があろうがなかろうが、改善策は早急に求められる。
日本も、14年ソチ五輪からJSC(日本スポーツ振興センター)が「スキージャンプスーツ開発事業」として、ミズノ、SAJ(全日本スキー連盟)ほか大学研究室などと連合で制作。北京では初めて、スピードスケートで使用するレーシングスーツをJSCのハイパフォーマンススポーツセンターと日本スケート連盟、ミズノで共同開発した。
北京で金メダル獲得数14個と首位のノルウェーは、充実した研究施設、冬季競技に限定した強化拠点を持ち、実験データを国が主導して集める。オーストリア、ドイツも国が開発データを蓄積して来た。
良くも悪くも、国の「知的財産」に変わるなか、スーツそのものの設計図や説明を一体どこが、どのように行い、守秘する情報はどこまでなのか、といった複雑な契約が生まれる。公開できない情報は極めて多いからだ。
データを取ったJSCか、素材を提供した会社なのか、設計図を形にしたスポーツメーカーか、知的財産の所有は今後のスポーツ界で大きなテーマとなりそうだ。
スキーを中心とした欧州が主体の競技で、ノルディック複合、ジャンプと、日本はかつて苦い歴史を味わってきた。
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