人権、ドーピング問題に背を向け皮算用に走るバッハ会長
2022年02月25日
91カ国・地域からの2877選手が参加した北京冬季五輪が2月20日、閉幕した。
北京市内の国家体育場、通称「鳥の巣」で習近平国家主席や国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が出席して行われた閉会式は、「ONE WORLD」や「天下一家」といった世界的な連帯を意味するスローガンで染められた。閉会の式辞でバッハ会長は「皆さんは分断を克服しましたオリンピックの仲間はみな平等であることを示しました。オリンピックの結束する力は、分断する力よりも強いのです」と力説した。
オリンピック憲章には、人間の尊厳の保持や平和な社会をめざし、調和ある発展のためにスポーツを活用することが五輪大会の目的とある。オリンピックはフェアプレイの精神が下敷きになる世界平和の祭典であったはずだ。このために五輪停戦決議も結んだ。にもかかわらず、ウクライナでのロシアの軍事介入が進んでいる。
しかもだ。冬季五輪のテレビ中継人気に赤信号が点滅した。五輪に世界最高額の放送権料を支払う米国テレビネットワーク、NBCの北京五輪の1日あたりの平均視聴者数が、前回の2018年平昌五輪から900万人も減少して1140万人となった。前大会から半減したこの数字はNBCの五輪放映で過去最悪だ。
ちなみに2月13日に開かれたアメリカン・フットボールの頂点を決める「スーパーボウル」一試合で1億1200万人の視聴者をたたき出した。皮肉にも、過去5年間の全米テレビ番組で最高の数字であり、これを放送したのも同じくNBCだった。こうなるとIOCの大スポンサー、NBCも放送権料について再検討せざるを得ないだろう。
今回の北京大会では人権侵害や外交ボイコット、ドーピングやそして不可解な審判などの問題が噴出した。こうした状況のどこが分断の克服や平等なのだろうか。五輪の理念がないがしろにされた北京大会はなにを目的に、だれのために開催されたのであろうか。
筆者は半年前の東京大会で馬脚を現した「ぼったくり男爵」ことバッハ会長への不信感と共に、オリンピックそのものへの虚脱感を抱いた。IOCのバッハ会長はなぜ、五輪の理念をねじ曲げてまでして、大会開催国の中国や五輪強豪国のロシアに媚びへつらうのであろうか。本稿ではこれについて論じたい。
新疆ウイグル自治区での人権弾圧問題で、欧米諸国の首脳らが北京大会開会式の外交ボイコットをした。こうした中、この開会式ではウイグル族と漢民族の選手らが揃って聖火を点灯し、中国国内の民族融和を演出した。その後の記者会見では、この演出を容認したIOCの政治的な中立性を疑問視する質問が飛び交った。IOCの広報部長は、「どんな事情があろうが差別はしない。選手は開会式に参加できる権利がある。素晴らしい演出だった」と意に介さなかったのである。
また、中国共産党の元高官による性的暴行を告発後に消息不明になった女子テニスの彭帥選手の問題も北京大会前ではクローズアップされた。これに関して、開幕直前になりバッハ会長自身がオンラインで彭帥選手と和やかに対談する映像を各国のメディアに公開したうえ、大会期間中にはフリースタイルスキー決勝を二人揃って観戦したことをアピールした。
バッハ氏の視線はどこを向いていたのだろうか。彭帥選手でもなく、五輪ファンでも無かろう。海外メディアのIOC担当記者の間では、バッハ会長主演のこの三文芝居は中国・習近平皇帝への三跪九叩頭の礼だと失笑を買った。
ロシア抜きには冬季五輪は成り立たない。なんとしてでもロシア代表選手を出場させないと。冬季五輪の人気競技の一つがフィギュアスケートだ。そこには世界中から有力選手を勢揃いさせる必要がある。こんなことが北京大会前に、IOCのバッハ会長の脳裏をよぎったのだろう。
北京大会前半、フィギュアスケート団体戦では、女子シングルフリーで15歳の超新星、カミラ・ワリエワ選手がトップに躍り出て、金メダルは「ROC」に決まった。銀メダルは米国、銅メダルは日本という結果だった。
度重なる国家ぐるみのドーピング問題で、ロシアは2022年12月まで国際大会の出場停止処分中である。このため、2018年の平昌大会以降、ロシア代表選手はロシア五輪委員会の頭文字をとった「ROC」という名称で出場している。
ROCがこの金メダルを獲得したその翌日、ワリエワ選手のドーピング違反が発覚した。昨年末のロシア選手権でのドーピング検査で違反薬物が検出され、ロシア反ドーピング機関(RUSADA)が暫定資格停止処分を科したのだ。
ここから一選手のドーピング問題がIOCへの複雑怪奇な疑惑へと発展した。ワリエワ選手側はこの処分に異議を申し立て、RUSADAは即座に解除した。これをIOCと世界反ドーピング機関(WADA)などが不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴した。CASはワリエワ選手が「保護対象者」であり、大会出場停止となれば「回復不可能な損害を与える」として出場継続を認めた。これに反発したIOCはワリエワ選手が3位以内に入賞した場合はメダル授与式や表彰式を行わないと発表した。
事態が泥沼化する中、ワリエワ選手への誹謗中傷などの人権侵害が溢れた。こうした中、IOCの煮え切らない態度やロシアに対する弱腰の姿勢に批判が集まった。公正なルールを守らなければ、スポーツ競技は成り立たない。そもそも、出場停止期間中であり、ドーピング違反が十分予想されるロシア代表選手団を「ROC」など名乗らせて出場させることが問題であった。IOC自体のフェアプレイ精神が問われて然るべきである。結局、フィギュア・スケート団体戦の表彰式は大会期間中に行われず、メダルを獲得した米国や日本の選手らを失望させた。
日本を含めウィンター・スポーツが盛んな国々ではフィギュア・スケートは冬季五輪の最たる人気競技だ。裏返せば、この競技が人気でなかったら、ワリエワ選手のような問題は起こらなかったろう。欧米ではこの競技とトップを争う花形種目がある。それが「氷上の格闘技」といわれる男子アイスホッケー。1998年の長野大会ではアイスホッケー界のレジェンド、ウェイン・グレツキー選手が出場し、チェコが宿敵ロシアを撃破した決勝戦は伝説の試合として語り継がれている。
北米と欧州でのアイスホッケー人気は絶大で、これら地域のテレビ局はこの種目だけのために、巨額の放送権料をIOCに支払っている。こう言っても過言ではなかろう。この男子アイスホッケーの主役が北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)の花形選手らだ。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ大会と共に、今回の北京大会にはNHL選手が出場する予定だった。
だが、
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