メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

強制不妊手術への賠償判決、国は上告を断念せよ

大阪高裁は、「少数派の人権」を擁護し、正義を貫いた

前田哲兵 弁護士

除斥期間の壁

 この裁判の争点はいくつかあるが、最も大きな争点は「本件に除斥(じょせき)期間を適用するか」という点だ。

 除斥期間とは「時効の強力バージョン」といえる。「悪いことをしても、20年経てば損害賠償を請求されなくなる」という制度だ。被害者には酷な制度ともいえる。

 国側の言い分は、要するに、「もう既に20年以上経過しているから、国が悪いことをしていたとしても責任はありません」というものだ。裏を返せば、被害者に対して「早く訴えていればよかったじゃないですか?」と言っているに等しい。

素材ID 20211130OSHK0082A拡大旧優生保護法をめぐる訴訟で、大阪高裁に入る原告側の代理人弁護士や支援者ら=2021年11月30日、大阪市北区

 では、少なくとも2万5000人はいる被害者のうち、一体何人が訴えることができていたのだろうか。

 全員ではないにしても、あまりに酷(ひど)い話だ、1万人くらい訴えていてもおかしくないだろう。それで多すぎるというなら1000人はどうだろうか?

 いやいや、答えは「0人」だ。

2万5000の沈黙

 2万5000人以上もの被害者がいたにもかかわらず0人。2018年の仙台提訴まで、誰一人として声を挙げられなかったのだ。これは驚くべき数字ではないだろうか。統計学的にいえば、もはや提訴は「不可能」の部類に属するといえる。

 では、どうして誰も声を上げることができなかったのか。私は拙稿「優生手術と2万5000の沈黙」において、次のように述べた。

 では、その原因とは何か。
 それは障害者に対する差別意識だ。それは、問題を問題として認識させないほどの強烈な差別意識だ。当時、弁護士ですら誰も声を上げなかったほどに、裁判官ですら優生保護審査会の委員として手術を認める立場に回ってしまうほどに、空気のように存在し、誰も気づくことすらできなかったほどに強固な差別意識だ。

 不妊手術を受けさせられた被害者は、そもそもその手術の内容をきちんと説明してもらっていなかった。家族の中では緘口令が敷かれ、他言することを禁じられた。そもそも「旧優生保護法」という法律の存在自体知らないのであって(弁護士である私ですら2018年まで知らなかった)、国が加害者であるなどとは思いもしないだろう。

 その上で、被害者たちは世間の差別意識に晒(さら)され続けていた。そういった事情があり、被害者は訴えることができなかったのだ。

 そうすると、被害者が国を訴えることができなかった原因は、差別意識を国民に植え付けた国にあるといえる。

 そうであるのに国は、裁判で「20年以上経過しているから、国が悪いことをしていたとしても責任はありません」「早く訴えていればよかったじゃないですか?」と反論し続けた。

 ようやく声を上げることができた被害者らに対して、これはあまりに残酷な物言いではないだろうか。

大阪高裁の判断

 しかしながら、大阪高裁は、これらの国の反論を論旨明快に説き伏せた。

 例えば以下の判示だ。

 そして、国家のこのような立法及びこれに基づく施策が、その規定の法的効果をも超えた社会的・心理的影響を与え…(中略)…かねてあった差別・偏見を正当化・固定化した上、これを相当に助長してきたことを否定することはできない。
 そうすると、控訴人(原告)らにおいて、優生手術に係る国家賠償請求訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったのは、控訴人の障害を基礎に、違法な立法行為によって制定された旧優生保護法の本件各規定の存在及びこれに基づく被控訴人(国)の施策と社会的な差別・偏見が相まったことに起因するものというべきである。

 要するに、「法律で障害者を差別していたという事実が社会に与えた影響はたしかにある。そういった差別を国がしていたから、障害者に対する差別や偏見が助長されていったのだ」ということだ。

 注目すべきは、判決が、多くの被害者がいるにもかかわらず2018年まで誰一人として訴訟提起をできていなかったという実情を捉えて、「旧優生保護法及びこれに基づく優生手術が、障害者を取り巻く社会・心理及びこれを前提とする司法アクセスにどのような影響を与えてきたかを物語るといえる。」と指摘している点だ。

 要するに、大阪高裁は、万単位の被害者が誰一人訴えることができなかった理由として、そこに国が助長した「差別」という大きな障壁があったということを指摘したのだ。

 以上のような事情を考慮し、大阪高裁は、「控訴人らについて、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平に反する」として、本件について除斥期間の適用を制限した。

 大阪高裁判決は、まさに正義を貫いた判断といえる。

 司法の役割は、「少数派の人権」を擁護することにある。国会や政府が自ら過ちを正さない現状において、裁判所がその罪を断罪した意味は極めて重い。

 私は、司法というものをこれほど力強く感じたことはこれまでにない。判決文を読んでいて、私は、そこに正義があることを確かに実感した。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

前田哲兵

前田哲兵(まえだ・てっぺい) 弁護士

1982年、兵庫県生まれ。前田・鵜之沢法律事務所所属。企業法務を中心に、相続や交通事故といった一般民事、刑事事件、政治資金監査、選挙違反被疑事件などの政治案件や医療事故も扱う。医療基本法の制定活動を行うほか、日本プロ野球選手会公認選手代理人、小中学校のスクールローヤーとしても活動中。著書に『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』『交通事故事件21のメソッド』等。事務所HP:https://mulaw.jp/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

前田哲兵の記事

もっと見る