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ゲーマーの「人権」発言。eスポーツのプロに「暴言文化」は許されない

赤木智弘 フリーライター

 プロゲーマーの女性がライブ配信で「身長が170cmない男性には人権がない」という趣旨の発言をし、これがネット上で批判され、所属していたeスポーツチームから契約を解除された。

 まず明確にしておかなければならないのは女性が発した「人権」という言葉の意味だ。

 一般的には当然、人間が生まれながらに持つ権利のことである。

yoshi0511shutterstock拡大yoshi0511/Shutterstock.com

 一方、ゲーマーの使う「人権」というのは、ゲーム界隈では比較的よく耳にする言葉で、訳するならば「そのコンテンツをプレイする上での最低限のボーダー」という意味になる。例えばあるゲームをプレイする上で「この装備は一式揃えておきたい」というような場合に「人権装備」などと言ったりする。

 良い意味で使えば「この装備を揃えて一人前」という新規プレイヤーへの指針となるし、悪い意味で使えば「この程度の装備を揃えられないのに、参加してくるな」という怠慢プレイヤーの排除にもなる。

 ゲームというのは基本的にはプレイすればするほど、上達するようにデザインされている。

 RPGであれば、戦闘を繰り返したりシナリオをクリアすれば、経験値やお金が貯まり、強くなったり、よりよい装備が買えるようになる。アクションゲームであれば、ステージは最初は簡単だが、後になればなるほど難易度が高くなり、遊ぶうちに基礎的なアクションやその応用を勉強しながら進められるように作られている。ソーシャルゲームでは、グッズやキャラクターなどを得るガチャは運の要素が強い「運ゲー」であると考えられがちだが、ガチャを繰り返すことで得られたカードを合成して強くなるなど、継続してプレイすればするほど上達する面が含まれている。

 つまり、ゲームというのは努力の先に、ある程度の成功が約束されているのである。

 そうした前提を踏まえた上で改めてゲーマーの言う「人権」の意味を考えると、これは努力の末に手に入れるものであると理解されているのだろう。

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筆者

赤木智弘

赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター

1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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