カーネギーホールとウィーン・フィルは名指揮者ゲルギエフを拒否
2022年03月03日
2月25日から3日間、カーネギーホールでウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演が行われた。演目はラフマニノフ、リムスキー=コルサコフ、そして最終日はプロコフィエフとチャイコフスキー。
世界中の選りすぐりの一流アーティストが招聘されるこのカーネギーコンサートシリーズの中でも、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は人気もチケットの売れ行きも別格。この冬の最大のメインイベントで、筆者も最終日の日曜日マチネのチケットをようやくの思いで手に入れていた。
ウィーン・フィルは周知の通り、常任指揮者をおいていない。
今回のカーネギーホールコンサートは、ロシアの名指揮者、マリインスキー劇場の芸術監督であるワレリー・ゲルギエフが指揮棒を振ることになっていた。演目をロシアの巨匠作曲家で揃えたのは、もちろん彼が振る予定だったからだ。
ところが直前になって、予期せぬ事態が起きた。2月24日に始まった、ロシアのウクライナ軍事侵略である。
ゲルギエフは、過去30年にわたってウラジミール・プーチン大統領と親しく交流があり、2012年には選挙の応援活動にも参加した。
これまでにもプーチン政権のゲイの人々への人権侵害などを理由に、ゲルギエフのコンサートの日はデモ隊がニューヨークやロンドンで劇場を囲んだこともある。その当時はウィーン・フィルもカーネギーホールも、芸術と政治的思想は分離して考えるべきとゲルギエフを擁護してきた。
だが今回のロシアの一方的な侵略戦争勃発後、ついにゲルギエフを指揮者から解任。またカーネギーホールは初日の25日にラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏する予定だったロシアのピアニストで、同じくプーチンを公に支持してきたデニス・マツーエフの出演もキャンセルした。
それでもウィーン・フィルの公演は予定通り行うため、わずか24時間で指揮者とピアニストの代役を調達するという、離れ業をやってのけたのである。
その直後にドイツのミュンヘンに拠点を置く大手アーティストエージェンシー、フェルズナーアーティストが、ゲルギエフとの契約を打ち切ったことを発表した。
ディレクターのマーカス・フェルズナーは、「芸術家は出身国によって断罪されるべきではない」「個人的には、マエストロ・ゲルギエフは現存する世界最高の指揮者だと信じている」とした上で、「全ての芸術には政治が関わっているものの、愛国者であることと、積極的に政治活動に関わっていることは別物」と指摘。これまで声高に現ロシア政府を支持してきた彼が、今回の軍事侵略について沈黙を保っていることは、もはや容認できない、などと綴った声明文を公表した。
その後、ゲルギエフが首席指揮者を務めていたミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ミラノのスカラ座など、次々と契約の打ち切り、コンサートのキャンセルの発表が相次いだ。いずれも彼がウクライナ侵略に関して、沈黙を保ったままであることが批判されたためだ。
このゲルギエフの一件は、ロシアのウクライナ軍事侵略によって世界各地で起こった多くの文化的余波の一つである。
西側諸国が軍事行動で応戦すれば、第三次世界大戦にもなりかねないこの緊迫した状況で、欧米諸国はあらゆる角度からロシアを孤立させ、制裁措置によってプレッシャーを与えることを試みている。
メトロポリタン・オペラは、プーチンを支持するアーティストは今後雇用しないと宣言。5年前から行っていたボリショイ劇場とのコラボも、少なくとも当面は中断すると発表した。その他、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスが、この夏のボリショイバレエ公演をキャンセル、スポーツ各競技の国際大会がロシア国内での開催を中止するなど、文化でもスポーツの世界でも、ロシア締め出しが次々と実行に移されている。
もちろん全てのロシア人アーティストがゲルギエフのように、プーチンを積極的に支持してその再選に貢献してきたわけではない。ロシア国内では反戦デモに参加して逮捕される国民も増えている。
現代のロシアにおいて、独裁者のプーチンに公に反旗を翻すことは、本人だけではなく、その家族などの身の安全に関わることであり、それを芸術家に要求することは酷だという意見もあるだろう。
だがいくらプーチンでも
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください