【15】人々の力を引き出し、地域も企業も元気にする旅のイノベーション
2022年03月19日
政府は新型コロナウイルス対応の「まん延防止等重点措置」について、21日の期限で全面解除することを決めた。しかし、連日5万人規模の新規感染者が確認され病床使用率は高水準のままで、コロナとの厳しい戦いは続く。そんな中で、在宅勤務などリモートで仕事をされている方も多いのではないだろうか。
東京都の1月の調査では、テレワーク実施率は全体で57.3%、従業員300人以上の企業(60社)では78.3%だった。IT環境が整えられ、職場でなくても仕事が可能になったことも大いに影響している。コロナ禍にあってのニューノーマルの1つかも知れない。
このリモートワークをさらに進めた「ワーケーション」が最近、注目を集めている。ワーク(work)とヴァケーション(vacation)を合わせた造語で、「職場や居住地を離れた地域での仕事と余暇の組み合わせ」と広く解釈されている。しかし、取材を進めると、解釈はこれにとどまらず、活用は多様であることがわかった。企業も地域も元気にするワーケーションは“イノベーションツーリズム”とも言える。その現状とこれからを報告する。
「ワーケーション最前線《下》仕事と旅が融合した新しいライフスタイルの登場」はこちら。
ワーケーションとは、workとvacationが組み合わせた言葉と紹介したが、活用のされ方は様々である。観光庁は、実施形態から、福祉厚生型、地域課題解決型、合宿型、サテライトオフィス型と4つのタイプに分けて紹介している。
また、2020年に設立された一般社団法人日本ワーケーション協会は、7タイプに分けている。workの後に続くcationの前につく接辞部分にいくつかの意味を持たせているのだ。例えばeducationやcommunicationなどで、前者は研修型ワーケーション、後者は会議型といった具合にワーケーションに7つの解釈を持たせ、実際の活用では単独または組み合わせて実施されている。
まずは一番ポプュラーな「vacation」による活用を紹介していこう。
全国35か所で宿泊施設を展開する一般財団法人休暇村協会は、現在、8か所(裏磐梯、那須、妙高、嬬恋鹿沢、南伊豆、蒜山高原、瀬戸内東予、指宿)の休暇村にワーケーションの宿泊プランを取り入れている。「国立公園や国定公園など大自然のリゾートに立地していますので、コロナ禍、コロナ後にかかわらず、遊びだけでなく仕事の場所としても最適です」(阿久津久美子・同協会営業企画部次長)という。
各施設には、屋外でも仕事ができるよう椅子やテーブルを備えたリゾワテラスを設けている。テラスからは緑の園地や青々とした海など豊かな自然が一望でき、オフィスで人に囲まれて仕事するのとは、趣が大分違う。鳥のさえずりや風の音も心地よく、気分転換をしながら仕事ができるのが魅力である。
この1月8日にリゾワテラスをオープンさせ、本格的にワーケーションサービスを始めた静岡県の「休暇村南伊豆」では、オミクロン株の感染拡大の中、「早くも1か月に5、6組のご利用がありました」(松田一毅営業課長)と関心を集めている。1泊の利用が大半だが、「仕事に集中できた」、「休憩の時、歩いて1分で海に行けたのは魅力。贅沢な仕事場といった感じ」、「できたら1週間ほど滞在したい」などの感想が寄せられている。
過ごし方は、「チェックインの後、自室や海を一望する屋上のリゾワテラスなどで仕事を始め、息抜きに、今の時期なら日本の渚100選に選出された長さ1.2キロの弓ケ浜などを散策し、温泉や夕食を楽しんだ後も仕事を続け、2日目はチェックアウト後にラウンジなどで仕事をして帰る」というスタイルが一般的とか。
館内には有料の会議室(収容人数80名や20名など)があり、マイクやスクリーン、ホワイトボードも用意されているのでオンライン会議などにも対応できる。1名利用の個室もあり、こちらは試験的に昨年5月からワーケーション専用で貸し出しており、現在までに15件ほどの利用があったという。どの休暇村も、館内はフリーWi-Fi、モバイル電源のレンタルは無料。
過ごし方を見てきた徳増課長は、ワーケーションはポストコロナでも利用されるのではないかと推測する。「仕事と遊びは別物と思われていましたが、リモートで仕事ができるようになったことをきっかけに、皆さんの受け止め方が変わってきたようです。職場を離れ、リゾートに来て仕事をし、ついでに余暇も楽しむことが自然のように思われてきましたね」と言う。
仕事と余暇や遊びを両立させたリゾートでの滞在、あるいは職場を離れての働き方が、コロナ禍で新たに芽生えてきたのかも知れない。
暖かい地から一転して、北海道にある「星野リゾート トマム」。こちらはダイナミックな北国の自然の中で、仕事とアクティビティーを組み合わせた過ごし方が見られる。
2020年12月、ワーケーション専用の「絶景オフィス」をリゾート内のホテルの1棟「リゾナーレトマム」の30階に新設した。会議室を改装し、宿泊者は無料で24時間利用できるスペースとして開放する。
絶景オフィスからは、今の季節は、スキー場のゲレンデや白銀に覆われた山々など北海道ならではの自然が一望でき、景色を見ているだけでも癒されるロケーションになっている。窓辺のカウンター席、テーブルを囲む椅子席に、個室も3室ある。渡辺巌総支配人は「多くのお客様はこの絶景オフィスで午前中は仕事を、午後はスキーやインドアプールなどのアクティビティーを楽しんでいらっしゃいますね」と言う。
個室の利用は、今年1月には55件と、昨年同月の3倍近くに伸びた。ホテルはファミリー向けに2~6歳の子供を9~13時まで無料で預かり、親はその間仕事に集中できるというワーケーションプランも実施している。
渡辺総支配人によると、利用者のおよそ9割が企業・団体ではなく個人で、夫婦や家族連れが多い。女性6に対し男性4で、2泊3日が中心だという。家族と一緒に仕事も余暇もリゾートで過ごすというスタイルが、ここでは多く見受けられる。施設には、白銀輝く森林が眺められる霧氷テラスや、氷のスイーツショップなどがあるアイスヴィレッジなど、大人も子供も楽しめるアクティビティーに事欠かない。
星野リゾートは、仕事の時間を確保しつつ子供と一緒に思い出を作ってもらいたいという思いから、ファミリー向けリゾートブランドとして全国展開する「リゾナーレ」の全5カ所で、トマムと同様のワーケーションプランを実施している。
トマムでは、ワーケーションプラン導入初日に10人の利用があったという。「予想以上の早いご予約でした。家族で利用したいという需要は高いですね」と渡辺総支配人。利用者からは「絶景を見ながらの仕事は、はかどった」とか「子どもを安心して預けられたので仕事に集中できた」といった声もある。こちらでは、「ワーク+ヴァケーション+家族」という、従来の出張や家族旅行とは趣を異にする新しい旅のスタイルが広がっているようだ。
多くのリゾートが点在する長野県は、ワーケーションを「信州リゾートテレワーク」と名付け、リゾートに滞在しながら仕事をする新たなライフスタイルを提案する。
阿部守一知事は2018年9月の記者会見で、休暇と仕事を両立するワーケーションという働き方が受け入れられる県にしていきたいと表明。地域の活性化、観光の振興にもつなげたいと語っている。
長野県産業立地IT振興課の中嶋大輔課長補佐によると、ITをはじめとするクリエイティブな人材が県内を訪れるゲートウェイと位置付け、ビジネス創出につなげるねらいがある。
「信州リゾートテレワークのために訪れた際は、できれば、地域の方々ともつながりをもっていただけるとありがたい」と思いを語る。2度3度と通ってもらうことで地域の人と親しくなり、そこから何かが生まれるのではないかと期待する。
前述の「仕事+余暇」という構図とは少し異なり、こちらでは仕事をメインにおき、その合間に余暇をとる解釈と言える。
こうした構想の下、現在、信州リゾートテレワークを県内36の市町村が推進しており、14の民間団体とも連携する。県東部の立科町(たてしなまち)は、早い時期からテレワークを導入してきた。
立科町企画課地域振興係の上前知洋係長は「もともとは、町内の子育て中の方や障害者を含む幅広い方々の仕事確保のために導入するという、いわば“社会福祉型テレワーク”を目指しました」と言う。
同町は標高約2500メートルの蓼科山の麓に広がり、人口約7000人。9割が里山エリアに住み、7割の人が農業、建設業、製造業、観光業などに従事している。「オフィスワークが少なく、子育てや介護をしながらできる仕事、あるいはひきこもりがちな方などの仕事の場が少なったのです」。
そこで、意識調査や先進事例の視察・分析を経て、2017年、立科町テレワーク推進会議を立ち上げた。町のどこでも仕事を通じて社会参加ができる仕組みを作るためだ。同時にワーケーションにも取り組み、県外の企業などへ情報発信を始めた。2018年に総務省のふるさとテレワーク推進事業の選定を受け、翌年にテレワークセンターを設置。ここで、住民の雇用創出のためのITスキルの育成や、リモートによる仕事の受注を目指した。
立科町のワーケーションは、住民の仕事を確保するために企業との接点を作ることを目指したもので、受け入れる地域の目標や目的を明確に打ち出している事例と言えよう。
従来の考え方なら、雇用の創出・拡大には企業誘致を、となるところだが、「これは企業誘致ではなく、仕事誘致なのです」と上前係長は強調する。ワーケーションで築かれた地域と企業の関係性が継続する中で、次にサテライトオフィスの設置、住民の雇用、さらには企業等からの移住、定住化につながればと考えている。言い換えれば、関係人口の創出と拡大の先を見越した政策とも言える。
テレワークセンターでIT技術の研修などを受けた町内のワーカー登録者は現在、およそ75名。女性が8割、男性は2割。子育て世代の30~40代が中心という。センターや自宅などで、会計処理、AIの学習用データ入力など、主にパソコンを使った多様な業務を首都圏などの企業から受託している。その額は、取り組み開始の2018年度の95万円から右肩上がりに増え、昨年度は1437万円。今年度は上半期分ですでに920万円ほど受注しており、2000万円達成の見込みという。
受注額増加と併せ、上前係長にとってうれしかったのは、家にひきこもっていた方がパソコンスキルやビジネスマナーを修得して仕事をはじめ、顔つきにも自信がでてきたことだという。経済的な地域振興と共に、孤立しがちな個人を社会とつなげる役割を果たしているワーケーションの好例と言えよう。
この優れた行政の取り組みと個々の運営がどのように進められてきたかを見ると、そこには、たてしな観光協会の存在があった。町役場の地域振興係と連携しながら、ワーケーションを希望する企業や職場の人たちへの相談窓口になり、新しい働き方の骨組みに、具体的な肉付け担っているのだ。
その中心にいるのが、同協会の渡邉岳志専務理事だ。日本ワーケーション協会が認定するコンシェルジュの第1期認定者でもある。コンシェルジュはワーケーションの専門家として、希望者(企業や団体、個人)、受け入れ先(宿泊施設や観光事業者)、受託業務を希望する地域の3者を結んで、訪れる側の要望を活かした滞在プランを提案し、実施のフォローを主に担う。
渡邉さんによると、2020年度は251組、842名を受け入れたという。大半は企業や団体で、仕事への集中を求めたり、余暇も希望したり、要望は「100社100様です」と言う。そのため、ワーケーションを地域で進めるには、地元を熟知したコンシェルジュと、送迎や宿の手配、IT機材の準備など利用者の要望をバックアップする観光協会などの組織が、欠かせない存在になる。
日本ワーケーション協会は、ワーケーションを7タイプ(vacation、location、communication、education、innovation、solution、motivation)に分け、
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