【16】来訪者は地域のパートナーとして協働。デスクワークにとどまらぬ価値創造活動
2022年03月20日
連載「ワーケーション最前線《上》」では、リゾートを舞台に仕事と余暇を両立させる働き方や、研修型スタイルで企業も地域も活性化させている事例を紹介した。今回の《下》では、ワーケーションの先進地域として知られる和歌山県の取り組みを紹介しよう。短期滞在ではなく、地域に駐在するサテライトオフィス型のワーケーションである。これらの流れから、新しい働き方や観光一辺倒ではない地域振興の姿が見えてくる。
Wi-Fiの設置率が高い和歌山県は、ワーケーションの先進地だ。県の資料が引用する民間機関の調査データ(2018年)によると、1万人にあたりの設置数は全国2位の22,968個(ちなみに1位は沖縄県の38,582個)。
このWi-Fi 環境の良さを背景に、県は他の自治体に先駆けて2017年からワーケーションに取り組み始めた。全国組織の「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」が19年に設立された際には、仁坂吉伸知事が会長に就任している。
ワ―ケーション政策の狙いについて、和歌山県情報政策課に尋ねた。福岡將元副主査によると、ワ―ケーションによる関係人口が生まれることで、地域の消費活動による経済活性化、地域でのビジネスの創出、その地域への企業誘致、移住や定住への手がかり、などが見込めるという。
さらに、「来られる方は単なるゲストとしてとらえず、地域のパートナーとして地域活性化に取り組み、地域にプラスに影響することを期待しています」と付け加える。
ちなみに、WAJの参加自治体は現在、全国の1道23県と180市町村だが、和歌山県は県内の半数にあたる15市町にのぼる。
ワーケーションによる来県者数を見ると、2017年度が24社240名、18年度25社327名、19年度55社343名と、年々増加している。良好なネット環境のほか、「アクセスのよさや豊かな観光資源もプラスになっているでしょうね」と福岡さん。
空路では羽田から約1時間で南紀白浜空港に着き、ここから車で5分ほどで温泉が湧く白浜町、さらには世界遺産に登録されている熊野古道なども近い。現に来県する企業の8割は首都圏方面からという。
その白浜町は、2000年から企業誘致を目的に県と連携を進め、04年にサテライトオフィス1棟(5室)を設置。しかし、誘致のハードルが高く利用は進まなかった。そこで町を訪れる人々を増やそうと、17年度からワーケーションを取り入れた。観光庁が掲げるワーケーションの形態の1つ、サテライトオフィス型(職場から離れた地域のサテライトオフィスなど利用してテレワークなどを行うこと)を導入したのである。
リモートワークができる環境整備や、移住に向けた行政のフォロー体制の拡充なども図った。そうした結果、サテライトオフィスの利用企業が増え、18年度に2棟目を建て、これでも足りず20年度に町と県の補助を受けて民間企業が1棟を設けた。現在3棟合わせて16室中15室が稼働し、14社が利用する盛況ぶりである。町内14箇所に無料Wi-Fiを設置し利便性を高めた。
各企業はこのオフィスを拠点に、自社ビジネスを活かした地域創生の可能性や地域の知見を学ぶ。白良浜など美しい自然に接し、ストレスを和らげながら働くというワーケーションのメリットを活かしている。
「今までは海水浴など夏季の観光中心の町でしたが、リモートワークが可能になった今、IT関連など様々な企業が本社や支社を置くことで雇用を拡大し、季節波動のない町をめざします」と白浜町総務課企画政策係の滝本斉主任は言う。担当が企画政策係なのは、観光ではなく企業誘致が目的だからである。雇用の改善を図り、若年層の都市部への流失を防ぐなど地域の活性化を目指している。
その成果は早くも見られ、サテライトオフィスに入っている企業が、東京や大阪などからのUターン組も含めた地元からの採用を始めている。
ワーケーションの特色の一つに、地元の課題解決への参加がある。その地域の課題に一緒に向き合うことで、企業側は新しい考えや発見、地元は課題の解決というメリットを得る。
白浜町のサテライトオフィスに2016年から入っているNECグループは、子育てや防災などの住民向けの暮らし情報発信アプリの開発や、「南紀白浜IoTおもてなしサービス実証」という顏認証サービスを19年に始めた。
顔認証サービスは、海水浴などで訪れる観光客が手ぶらでも観光ができるように、観光施設の入場やレストラン・ショップの決済が可能で、いわば顔パス的な便利さを備えている。南紀白浜空港内やパンダ飼育で人気のアドベンチャーワールドなど、現在は13の観光施設で使え、コロナ禍での非接触型の観光ツールとしても好評を得ている。
この事例は、ワーケーションによって企業と地域の協働が進むことを示している。
和歌山県のワーケーションを支えるもうひとつのキーワードは、南紀白浜空港を運営する(株)南紀白浜エアポートである。
空港が何故と思われるかも知れない。この空港は2019年に和歌山県から民間に運営が全面的に移り、空港の管理・維持に加えて、空港の発展と拡大を目標に、首都圏などからの誘客と地域活性化の業務も始めたのである。文字通り、地域振興のゲートウェイになった。
全面的に民営化する前年10月にまず、誘客・地域活性化室が設けられ、就任した森重良太室長は、ワーケーション事業を取り入れた。地域を磨き上げ、そこに人が訪れることによって空港需要の発展もあるととらえたのだ。
企業の要望に沿ったプラン作りと、宿泊や体験施設の予約、そしてポイントとなる地域の磨きを地域の人達と一緒に進めている。旅行業の仕事に加え、ワーケーションのコンシェルジュと地域のブランド化も担う。
同エアポートで対応するワーケーションは、ほぼ80%が首都圏の企業で、個人は20%ぐらいという。2019~21年度の3年間でみると、ワーケーションのプラン作りなどに関わった企業はおよそ100社、延べ1000件にわたる。企業中心のためか、出張扱いが多く、日程は3泊4日が主体だ。平日と週末を組み合わせ、仕事と余暇を共に楽しむ利用が一般的だとか。滞在先は白浜町のほか、那智勝浦や熊野本宮周辺などもあるという。
余暇の過ごし方は、いわゆる観光旅行よりも、「その地域の文化や歴史に触れたり、何かを体験、貢献したりすることが求められますね」と森重さん。例えば、白浜町の滞在では、世界遺産の熊野古道の清掃や道普請など、ひと味違うプランを提供している。
これらの活動を受け、南紀白浜空港の年間旅客数は、民間化前の2017年には12万7800人だったのに対し、誘客・地域活性化室が設けられた18年は15万2800人、19年は18万2000人と、増加が続いている。
例えば、限界集落などと不名誉な呼ばれ方をする地域に赴き、従来の自然等を活かした観光とは異なる、人と地域をつないだワーケーションから誕生する価値を資源にした活性化の試みを展開しているのだ。
これは、地域にとっては生き方や暮らし方の改革であり、ワーケーションで訪れる企業や個人にとっては、今日の社会に求められている働き方の改革にも通じるものであろう。
日本ワーケーション協会特別顧問の箕浦龍一さんは、総務省内の働き方改革を実践してきたが、「ワーケーションがやりたくて昨年、審議官を退官しました」と言う人物だ。
「時間や場所に制約される従来の働き方は成立しなくなる」と予測し、「働く場所の自由度、働き方の多様性が求められている」と強調。だから、「旅先で仕事をする」ワーケーションこそ働く人にも企業、団体側にとっても重要になるとみている。
IT技術が進歩し、どこでも仕事ができる環境が生まれつつある今日は、
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