[3月10日~3月15日]ウクライナ大使館、『病める舞姫』、ミンスク……
2022年03月21日
3月10日(木) ウクライナから日本に戻っての時差ボケで真夜中に目が覚めて、BBC World Newsを見ていたら、日本のジャーナリズムとは比較にならない、レベルの高い、ものすごく重厚な取材の成果を見せつけられて、心底まいった。
というのも、首都キエフ(ここからは、BBCの首席国際特派員Lyse Doucetが登場していた。アフガンがタリバンに再支配された際に最初に入ったあの記者だ)、空爆で激しい被害を受けた北東部の都市ハリコフの中心部(凄まじい空爆の跡)、さらにはハリコフ郊外のロシア軍との戦闘最前線(ウクライナ軍の許可を得ての同行取材である)、そして西部の都市リビウ(ここには多くの西側記者が滞在している)と、4地点で多角的な取材を展開していたからだ。まいった。本気度が違う。取材内容も実に濃密だ。BBCはウクライナ侵攻報道においては突出している。
だが正直、ここまでやるかと考えることもあった。とりわけ、戦闘最前線の取材で、戦死したロシア兵の遺体が路上に放置されていた真横で、記者(クエンティン・サマヴィル記者)がリポートしていたシーンには強い衝撃を受けた。遺体からは血のりのような真っ赤なものがみえる。モザイク処理はされていない。
BBCではよほどのことがない限り、モザイク処理というような映像の加工を行わない。これが戦争だと言えばその通りなのだが、実際に映像に接すると動揺する。遺体はロシア兵のチェチェン人だと認識票から判明したという。これがウクライナの民間人の遺体なら、そのすぐ真横でリポートしただろうか。実際に、わずか前のカットでウクライナ人の民間人の遺体が映っていた。
それで思い出したことがある。11年前の東日本大震災で、津波被害を受けた町から、米CBSが報じた際に、遺体が数多く回収されていた安置所のような場所でCBS記者が、遺体をバックにリポートしたことを知って、言うに言われぬ複雑な気持ちを抱いた記憶があることだ。確かにそれは、大津波の被害の現実なのだが、やはり欧米とは死生観のようなものが根本的に異なるのか。僕にはわからない。
ウクライナ入りしている遠藤正雄さん、新田義貴さんと連絡がとれて、彼らはキエフに取材に向かうという。予想した通りの動きだ。大変な危険を伴うが、数々の戦場取材を経てきた遠藤さん、新田さんのことだ。独自の人脈・嗅覚で、おそらく取材を遂行するだろう。その旨『報道特集』のスタッフに伝える。
日本をあけていた間に届いていた郵便物や書籍の整理。筑摩書房のPR誌「ちくま」連載中の蓮實重彦氏の文章に大笑い。「週刊金曜日」の原稿の最終校正。ベラルーシの件で急展開あり。熟考せよ。
3月11日(金) 午前、あしたのスタジオ出演のためのPCR検査を受ける。2日前の帰国の際に空港で受けたばかりなのだが。
午前10時から日本メディア学会ジャーナリズム研究・教育部会の連続勉強会の打ち合わせをオンラインで。その後、西麻布のウクライナ大使館へ向かう。ウクライナ大使館は閑静な住宅街にあって、すでに入り口には今回の事態を受け、市民らからたくさんの花が手向けられていた。
コルスンスキー大使は朝からメディアのインタビュー攻め状態にあって、僕が入室した時は、ちょうどロイター通信のインタビューが終わったばかりだった。サシの会話で本音を語り合いたいと思っていたが、チェルニフツィで見てきたことや、200万を超える人々がすでに国外に出ている状況を中心にウクライナ情勢について話し合っているうちに、大使の方から、ゼレンスキー大統領が日本国民に向けた演説を、日本の国会内で行う計画があると言ってきた。ライブになるか収録されたビデオメッセージになるかはまだ確定していないが、それが実現するかどうか、現在、岸田首相のオフィス(つまり官邸か)で検討中とのこと。その方がNHKやTBSやその他の放送局と一々個別にやらなくて済むでしょう、と。
その場合、日本人にはどのようなテーマに触れた方がいいだろうか、と大使に意見を求められる。うーん。僕はちょっとだけ考えて、核兵器使用の問題と原子力発電所への軍事攻撃については、我々日本人にとっては他人事ではない強い関心があると思うと答えた。イギリスやカナダでは議会ですでにゼレンスキー大統領の演説が行われている。大変な反響があったとのことだ。きわめて異例のことだが、そういう場を提供する空気が不可避になりつつある。
局に戻って14時46分を迎える。今日は東日本大震災から11年目の日に当たる。あれ以来、僕は毎年この日は被災地にいて取材をしていた。今年はそれが叶わなかった。時期をみて、今回は急遽キャンセルせざるを得なかった福島第一原発構内の取材と南三陸町には足を運ぶことにしよう、と思った。
局に戻ると、遠藤・新田さんからキエフの素材が届いたという。よかった。ベラルーシ取材の準備を急遽立ち上げなければならない。
3月12日(土) 午前10時からメディア学会の部会。『報道特集』のオンエア。遠藤さんのキエフ・リポートが紹介できた。オンエア後、ベラルーシ取材の打ち合わせ。新宿Espa。I、T。
3月13日(日) 時差ボケがなかなか補正されず、さらにひどくなって困る。昼すぎになってから、本当に久しぶりにプールへ行き泳ぐ。身体の働きが完全に鈍化していて、泳いでいるうちに徐々に楽になってきた。
ただ、KAAT神奈川芸術劇場の開演時間があるので、ゆっくりしていることもできなかった。あわててKAATへと急ぐ。以前からこれは絶対にみようと決めていた黒田育世振付のコンテンポラリー・ダンスの舞台『病める舞姫』『春の祭典』なのだ。
会場は満席で、意外なことに、若い観客が多かった。時差ボケと闘いながらみていたが、そんなことは言っていられないほどの極度の緊張感に満ちたステージが展開された。特に後半の『春の祭典』には大いにこころを揺さぶられた。ストラヴィンスキーのこのバレエ組曲を素材としたダンス舞台は、ピナ・バウシュ舞踏団をはじめ、これまでいくつかみてきたが、これはなかでも屈指のレベルの作品だと思う。わざわざ来てよかった。
『病める舞姫』は土方巽の稀代の書物だが、緊張感が極限まで持続する舞台で、このタイトルを名乗るだけのことは確かにあると思った。「週刊現代」の原稿を送る。
3月14日(月) 午前中にベラルーシ取材のためのPCR検査を受ける。その後、神保町で打ち合わせ。和田春樹さんにばったりお会いする。和田さんは、現下のウクライナ危機の破滅を回避するためには、日本、中国、インドが仲裁役になるという提案をしたいと語っていた。それが可能だろうか。それくらい事態が切迫しているという認識は共感する。
18時に局を出て成田空港へ。ウクライナから帰国してからのバタバタ続きで、以前から予定していたことの調整がなかなか間に合わない。
22時20分、成田発。ミンスクへの長い、長い旅が始まる。
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