清義明(せい・よしあき) ルポライター
1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像【上】」はこちらからお読みいただけます。
ユーロマイダンの騒乱で親露派の大統領ヤヌコヴィッチが国外脱出するやいなや、ロシアは強引な手に出た。クリミア半島を接収し住民投票のすえにロシア領としたのだ。さらに東部のドネツク・ルガンスク2州で親露派武装勢力が蜂起し、独立を宣言した。背後にロシアがいるのは誰がどう見ても明らかだった。ここから親露派勢力が占拠した東部で何年も続く内戦、東部紛争が始まった。
ユーロマイダンで名をあげたフーリガンと極右の連合体であるアゾフも含めて、様々な極右団体が東部紛争の最前線に、武装化して現れたのである。そして彼らは大活躍してしまう。
ウクライナで長く続いた汚職と腐敗は、アフリカの発展途上国なみである。腐敗認識指数の国別ランキングでは、ウクライナは2021年度は122位。エジプトやアルジェリアやフィリピンと同程度である(注17)。それは軍も例外ではなかった。軍事物品や装備の購入費用もままならならず、戦う以前の問題で苦戦を続けていた。
北海道大学と早稲田大学の名誉教授である伊東孝之氏はいう。
「ウクライナで汚職がはびこっているという話をよく聞くが、それは軍事作戦にも影響している。ウクライナの新聞報道では平均して国家予算の30%程度が汚職で消えてしまうといわれる。とくに国防予算の使い方がひどいようである。ある軍事工場は100ドルの注文を受けると、81ドルまでを盗んでいた。新政権が引き継いだとき国庫は空っぽ、国防予算も底を衝いていた」(注18)
投入された地上軍構成員4万1000人のうち臨戦可能なのは6000人のみという体たらくだった。士気も低かったという。(注19)
そこに投入されたアゾフ等の志願してきた極右民兵は、同じように武器もほとんどなかったが、そのうちにフェイスブックなどを通じてクラウドファンディングで武器を調達しはじめた。このクラウドファンディングには、在米のウクライナ人がかなり献金していた。
士気も旺盛である極右民兵、その数一万五千人は、東部の要衝であるマリウポリの近郊での戦いで大活躍する。敗北しつづけてきたウクライナ軍だったのが、彼らのおかげで、はじめての勝利を勝ち取ることになった。
こうして彼らは救国の英雄となった。そしてこの功績により、アゾフは正規軍に編入され、これとは別の「国家親衛隊」という内務省管轄として特設された特殊部隊では、その中核を担う存在にまでなったのだ。
これはあくまで自分の推測にすぎないが、現在進行中のウクライナ戦争の緒戦で、ロシア軍は軍事専門家から「衝撃的」なほど弱かったといわれることになった。これは、もしかしたらウクライナの正規軍が東部紛争の時と同じく貧相な装備で士気も低いと過小評価して抵抗を見積もっていたこともあるのではないか。予想外の抵抗を行うウクライナ軍、そこには彼らが「ネオナチ」と呼ぶアゾフが正規軍としていた。彼らからみれば、「ウクライナはネオナチに乗っ取られた」と見えるのは、わからないでもないだろう。
西側からもネオナチと名指しされるフーリガンや極右活動家からなる民兵が正規軍になったのは異常な話である。アメリカのザ・ネーション誌が指摘するとおり「ウクライナは、ネオナチが正規軍に組み込まれている唯一の国」となったのだ。(注20)
しかしウクライナの危うい極右とネオナチ事情はそれだけにとどまらない。
東部紛争で救国の英雄となったアゾフとネオナチや極右や白人至上主義のグループは、軍隊のみならず政治にまで踏み込んだのだ。
マイダンでヤヌコヴィッチがロシアに亡命したあとの政権では、副首相、国家安全国防委員会事務局長、青年スポーツ大臣、環境大臣、農業大臣、検事総長などの要職に、右派ならび極右グループの入閣が続出した。
マイダン以前から危険視されていたネオナチ団体の札付きの活動家も恩赦となった。アゾフのアンドリー・ビレツキーは、なんとウクライナの国会議員となっている。
ペトロ・ポロシェンコ大統領は、この「白人による十字軍を率いて、ユダヤ人に率いられた劣等人種と戦う」と公言しているビレツキーに勲章を授与した。ついこのまえまでは、テロによる殺人未遂の罪で収監されていた男がである。
こうして国際的にネオナチの証左とみなされている「ウルフフック」と「黒い太陽」からなるアゾフのエンブレムが、ウクライナの国会議事堂や行政府や軍隊で、こうして堂々と掲げられるようになった。(注21)
※「ウルフフック」と「黒い太陽」のエンブレムは、ネオナチの標章として広く認知されている。以下、リンク先は、欧州におけるサッカースタジアムで、差別的思想を含むものとして使用が禁止されているエンブレムのリストである。
ウルフフックは「ナチス時代のドイツで、親衛隊などで使われていたもの」、黒い太陽は「ハーケンクロイツを組み合わせたもので、ナチスの親衛隊が北欧神話のシンボルとして使っており、ハーケンクロイツの代わりになっている」と解説されている。(注22)
ウクライナ戦争のさなかの国際女性デーにNATOの公式ツイッターが女性兵士の画像をアップしたが、この女性兵士が胸につけているのが、このナチスの「黒い太陽」のエンブレムではないかと指摘され、あわてて削除したということがあった。(注23)
ウクライナはNATOやEUへの加盟を熱望しており、そのことがロシアの侵攻の遠因になっているという指摘もあるが、もし加盟が要望通りに進められていたならば、ウクライナに蔓延する汚職などの政治・経済の腐敗や、法治の問題とともに、このネオナチ問題は必ずクローズアップされていたはずだ。NATOがネオナチの軍事組織をもつウクライナを、その問題が片付くことなく加盟国に迎えるということは考えられない。
日本の国際政治シンクタンクであるキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(当時)の小手川大助氏(元IMF日本代表理事)は、この極右入閣の直後の時点で、極右政権の危うさを指摘し、「プーチンのクリミア併合の決定は新政権の主体がネオナチであることに主因があった」とすら指摘している。
ネオナチの民族主義的な主張や行動、特に民族浄化を意図する彼らのスローガンがプーチンの大きな懸念となり、ソチオリンピックからモスクワへ帰還した彼は、短時間でクリミア併合を決定した。これは想像であるが、新政権のメンバーがネオナチではなく、通常の政治メンバーであったなら、彼の決定は別のものになった可能性が高いものと思われる。(注24)
異論も多いだろうこの意見が、どこまで妥当かどうかは保留しておこう。そして小手川氏が指摘するように、得票率の低さがそれを証明するように、極右民族主義者や白人至上主義、ましてやネオナチ政党が、さすがにウクライナでも選挙では受け入れられなかった。しかし、これだけの極右政権といえるほどの政権参与をさして「ウクライナはネオナチに乗っ取られた」というのは、表現として言いすぎだろうか。ロシアからすればそろって反ロシアの強硬派なのだから、余計にそう見えるだろう。恐怖は恐怖をよび、その警戒心はハウリングのように反響しあう。これがこの何年かのロシアとウクライナの関係だったわけである。
※「論座」では、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関する記事を特集「ウクライナ侵攻」にまとめています。ぜひ、お読みください。
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