2022年03月24日
「ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像」【上】【中】もお読みください。
ユーロマイダンで極右の政治的発言権が一躍強くなったころ、ウクライナではいわゆる「歴史修正主義」の問題が持ち上がりだした。問題視されたのが第2次大戦前に結成されたウクライナ民族主義者組織の指導者ステパン・バンデラの再評価である。
私はサッカーフーリガンの政治化、さらには世界の極右・ネオナチ事情を追ってきてはいるが、この東欧の民族主義については門外漢である。よってこのバンデラ主義の解説については、他の方に譲りたいのだが、簡単にだけ説明をする。
バンデラ主義とは、第二次世界大戦前に発生したウクライナ・ナショナリズムの運動のことで、ウクライナを支配していたソ連政権下で発生し、1941年にナチスドイツがソ連と開戦すると、ナチスドイツに協力し、その運動の一部は武装親衛隊としてナチスドイツに組み込まれた。この間、ユダヤ人の逮捕や虐殺に協力していたと言われている。ただし、別の一派はナチスドイツにも反抗する姿勢を示していた。またポーランドの対ナチレジスタンスとも領土問題を巡って殺戮合戦を繰り広げていたこともある。このナチスドイツに最後は反抗した一派が、ステパン・バンデラのグループで、この流れくむものがバンデラ主義者といわれる。
ユダヤ人の虐殺に加担したという事実は議論も多く、またバンデラの一派の中にはユダヤ人を助けたという話もあり、必ずしも反ユダヤに全面的に加担したのではないという意見もある。
しかしまったく別の歴史理解がむしろウクライナ国外では当たり前だ。ウクライナ人の父をもつカナダ人の歴史家のジョン・ポール・ヒムカの著書「ウクライナナショナリストとホロコースト」では、ウクライナのナショナリスト、つまりウクライナ民族主義者が、ホロコーストで果たした役割を詳述している。ライフルやショットガンで武装したウクライナのナショナリストの民兵がユダヤ人狩りをし、時には釘を打ち込んだ棒や農具で叩き殺してきたとの話は衝撃的である。この歴史家は、彼らがホロコーストに加担したことは明らかであると結論づけている。(注49)
イスラエルのハアレツ紙は、わずかな人がユダヤ人を助けたかもしれないが、多くのウクライナ人はユダヤ人を追い詰め、ナチスに引き渡し、さらには自分たちの手で彼らを殺害したと主張する。ウクライナ人がユダヤ人を助けたというわずかな例外をとりあげるのは、ホロコーストへの加担の責任を免れようとしているということだ。(注50)
この記事のなかでは、テル・アビブにウクライナに連帯をしめすフラッグが掲げられたことに複雑な想いを抱く人々の声をとりあげ、ホロコーストを記録する会の代表の話を掲載している。曰く「ウクライナの人々に過度の同情はもっていない」と。東欧からの移民が多いイスラエルの複雑なウクライナ観もうかがえる。なお、多くのホロコーストの研究により、バンデラ自ら反ユダヤの発言や指示を出していたことも指摘されてきている。
このように、バンデラ主義は、ユダヤ系にとっては極めてセンシティブな問題だった。ところが、2004年のオレンジ革命以後、ウクライナではゆっくりと民族主義が台頭しはじめ、それとともにバンデラ主義が再評価されることになっていった。
※「論座」では、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関する記事を特集「ウクライナ侵攻」にまとめています。ぜひ、お読みください。
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2010年に当時のユシチェンコ大統領は、バンデラを国家英雄として認定した。これにイスラエルや、かつてウクライナ民族主義者で編成されたナチス武装親衛隊やバンデラ主義者に自国のパルチザンや民衆蜂起を弾圧されたポーランドやチェコも反発。ついには欧州議会までもが、この顕彰の再考を求めた。欧州議会は、バンデラを国家英雄とみなすのは欧州の価値観にあわないと判断したのである。(注51)
ユーロマイダンが終わると、民族主義と反ロの風潮が高揚し、ソ連時代の残滓をのぞくという名の下に、次々とロシアを連想させる名前の広場や道路や施設が、バンデラの名前を冠して改名されはじめた。バンデラの銅像も次々とつくられた。まだウクライナ国民はこのセンシティブな問題の重要性に気づいていなかったのだ。
米のユダヤ系メディアのフォーワードはこの光景を「ウクライナは、驚異的なペースでナチスの協力者とホロコーストの加害者の記念碑を建て、ほぼ毎週、新しい記念プレートがつくられ、道路の名前が変更されている」と伝えている。そして、ナチス協力者の民族主義者を国をあげて崇拝し、それを制度化していると厳しく批判している。サイモンウィーゼンタールセンターや世界ユダヤ人会議のような団体もこのウクライナの「歴史修正主義」を批判した。アメリカやカナダにバンデラの銅像ができていることも、「驚くべきこと」として伝えている。(注52)
残念ながらナチス協力者を崇拝すれば「ネオナチ」扱いされるのは、是非はともかくとして不思議な話ではない。ウクライナはそれを無自覚に行い、それをウクライナの民主化運動支持者は大目に見ていた。そして、そんなウクライナ国民の選択の瑕疵をロシアは見逃さ
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