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ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像【下】

清義明 ルポライター

 「ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像」【上】【中】もお読みください。

6.ウクライナの「歴史修正主義」

 ユーロマイダンで極右の政治的発言権が一躍強くなったころ、ウクライナではいわゆる「歴史修正主義」の問題が持ち上がりだした。問題視されたのが第2次大戦前に結成されたウクライナ民族主義者組織の指導者ステパン・バンデラの再評価である。

 私はサッカーフーリガンの政治化、さらには世界の極右・ネオナチ事情を追ってきてはいるが、この東欧の民族主義については門外漢である。よってこのバンデラ主義の解説については、他の方に譲りたいのだが、簡単にだけ説明をする。

 バンデラ主義とは、第二次世界大戦前に発生したウクライナ・ナショナリズムの運動のことで、ウクライナを支配していたソ連政権下で発生し、1941年にナチスドイツがソ連と開戦すると、ナチスドイツに協力し、その運動の一部は武装親衛隊としてナチスドイツに組み込まれた。この間、ユダヤ人の逮捕や虐殺に協力していたと言われている。ただし、別の一派はナチスドイツにも反抗する姿勢を示していた。またポーランドの対ナチレジスタンスとも領土問題を巡って殺戮合戦を繰り広げていたこともある。このナチスドイツに最後は反抗した一派が、ステパン・バンデラのグループで、この流れくむものがバンデラ主義者といわれる。

 ユダヤ人の虐殺に加担したという事実は議論も多く、またバンデラの一派の中にはユダヤ人を助けたという話もあり、必ずしも反ユダヤに全面的に加担したのではないという意見もある。

拡大ステパン・バンデラの銅像=2022年2月24日、ウクライナ・リビウ、weha/shutterstock.com

 しかしまったく別の歴史理解がむしろウクライナ国外では当たり前だ。ウクライナ人の父をもつカナダ人の歴史家のジョン・ポール・ヒムカの著書「ウクライナナショナリストとホロコースト」では、ウクライナのナショナリスト、つまりウクライナ民族主義者が、ホロコーストで果たした役割を詳述している。ライフルやショットガンで武装したウクライナのナショナリストの民兵がユダヤ人狩りをし、時には釘を打ち込んだ棒や農具で叩き殺してきたとの話は衝撃的である。この歴史家は、彼らがホロコーストに加担したことは明らかであると結論づけている。(注49)

 イスラエルのハアレツ紙は、わずかな人がユダヤ人を助けたかもしれないが、多くのウクライナ人はユダヤ人を追い詰め、ナチスに引き渡し、さらには自分たちの手で彼らを殺害したと主張する。ウクライナ人がユダヤ人を助けたというわずかな例外をとりあげるのは、ホロコーストへの加担の責任を免れようとしているということだ。(注50)

 この記事のなかでは、テル・アビブにウクライナに連帯をしめすフラッグが掲げられたことに複雑な想いを抱く人々の声をとりあげ、ホロコーストを記録する会の代表の話を掲載している。曰く「ウクライナの人々に過度の同情はもっていない」と。東欧からの移民が多いイスラエルの複雑なウクライナ観もうかがえる。なお、多くのホロコーストの研究により、バンデラ自ら反ユダヤの発言や指示を出していたことも指摘されてきている。

 このように、バンデラ主義は、ユダヤ系にとっては極めてセンシティブな問題だった。ところが、2004年のオレンジ革命以後、ウクライナではゆっくりと民族主義が台頭しはじめ、それとともにバンデラ主義が再評価されることになっていった。

※「論座」では、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に関する記事を特集「ウクライナ侵攻」にまとめています。ぜひ、お読みください。

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筆者

清義明

清義明(せい・よしあき) ルポライター

1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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