反省なき精神衛生教育【上】、反省なき精神衛生教育【中】から続きます。
こうして月日は過ぎ、かつて優生保護法を広く知らしめてきた「保健体育」教科書に精神保健の章を復活する年に至った。本連載の冒頭(【上】「教科書に『精神疾患』の記述復活 国家による犯罪を繰り返すのか」)の冒頭で述べたように、新しい教科書は精神疾患の予防と回復の記述を重視していくそうだ。
死亡退院は毎月1800人台、うつ病キャンペーンで自殺者急増

「うつ」かも、と呼びかける「働き盛りの世代の『眠れてますか?キャンペーン』」チラシ
しかし優生保護法が無くなって以降も、日本の精神医療は良くなっていない。28万人もの患者が精神病院に閉じ込められたままであり、長期入院は改善せず、向精神薬の多剤投与によって死亡退院は増え続けている。2005年、1カ月の死亡退院者は1371人であったのが、2011年は1882人となり、そのまま高止まりとなっている。
90年代後半より、「お父さん、ちゃんと眠れてる?」→「もしかしたら、うつかも」や、「うつは心のかぜ」キャンペーンによって、多くのうつ病者が作られ、抗うつ剤や入眠剤や精神安定剤の漫然投与によって自殺していった。特に富士市でのうつ病キャンペーンと自殺急増(10~40%増)の関連は報告されてきたが、全国レベルでの追究は皆無である。
うつ病キャンペーンに加担した精神科医、学会、マスコミ(NHK、大新聞)、政府の自殺対策にかかわった市民団体は沈黙したままである。結果と責任を問わないメンタル・ヘルス運動は停まることを知らない。

富士市・静岡県・大津市の自殺者数の推移(人口動態統計から)
幻の病気を「予防」するのか?
今年4月に公表される教科書に書かれる「精神疾患の予防と回復」を喧伝している水野雅文・東京都立松沢病院長は、「日本精神保健・予防学会」(日本精神障害予防研究会が2008年からこの名称に変更された)の中心メンバーである。彼らは「減弱精神病症候群(あるいは「精神病リスク症候群」)なるものを早期に診断し、「早期介入」を行うと主張している。
統合失調症はいかなる病気か。ドイツのE.クレペリン教授による早発性痴呆の呼称提唱(1893年)より130年ほどになるが、未だ症状は確定されておらず、病態ははっきりせず、原因は不明である。心因説、社会・文化因説、大脳のドーパミン過剰説、遺伝説など多数の仮説があり、国により、大学により、時代により、診断も治療も社会的対応も大きく異なっている。DSM(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)やWHOが巨大資本主義の力をもって断言していこうとも、異なっている。
病気でない人が医療の対象にされる
病態がはっきりしないのに、何に向かって「早期介入」するのか。症状も、身体臓器の病理もほぼ分かっていてこそ、予防や早期発見・治療が成立する。
逆行して予防や早期発見を主張するために、ある病気が提唱されてはならない。それでは、病気でない人が医療の対象とされ、生活を変えられてしまう。うつ病キャンペーンが厖大なうつ病患者を作り、自殺へ追い込んでいったように。

精神科病院における1カ月間の死亡退院者数(各年6月)