精神保健教育は、誤りの歴史の学習から
2022年03月24日
反省なき精神衛生教育【上】、反省なき精神衛生教育【中】から続きます。
こうして月日は過ぎ、かつて優生保護法を広く知らしめてきた「保健体育」教科書に精神保健の章を復活する年に至った。本連載の冒頭(【上】「教科書に『精神疾患』の記述復活 国家による犯罪を繰り返すのか」)の冒頭で述べたように、新しい教科書は精神疾患の予防と回復の記述を重視していくそうだ。
90年代後半より、「お父さん、ちゃんと眠れてる?」→「もしかしたら、うつかも」や、「うつは心のかぜ」キャンペーンによって、多くのうつ病者が作られ、抗うつ剤や入眠剤や精神安定剤の漫然投与によって自殺していった。特に富士市でのうつ病キャンペーンと自殺急増(10~40%増)の関連は報告されてきたが、全国レベルでの追究は皆無である。
うつ病キャンペーンに加担した精神科医、学会、マスコミ(NHK、大新聞)、政府の自殺対策にかかわった市民団体は沈黙したままである。結果と責任を問わないメンタル・ヘルス運動は停まることを知らない。
今年4月に公表される教科書に書かれる「精神疾患の予防と回復」を喧伝している水野雅文・東京都立松沢病院長は、「日本精神保健・予防学会」(日本精神障害予防研究会が2008年からこの名称に変更された)の中心メンバーである。彼らは「減弱精神病症候群(あるいは「精神病リスク症候群」)なるものを早期に診断し、「早期介入」を行うと主張している。
統合失調症はいかなる病気か。ドイツのE.クレペリン教授による早発性痴呆の呼称提唱(1893年)より130年ほどになるが、未だ症状は確定されておらず、病態ははっきりせず、原因は不明である。心因説、社会・文化因説、大脳のドーパミン過剰説、遺伝説など多数の仮説があり、国により、大学により、時代により、診断も治療も社会的対応も大きく異なっている。DSM(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)やWHOが巨大資本主義の力をもって断言していこうとも、異なっている。
病態がはっきりしないのに、何に向かって「早期介入」するのか。症状も、身体臓器の病理もほぼ分かっていてこそ、予防や早期発見・治療が成立する。
逆行して予防や早期発見を主張するために、ある病気が提唱されてはならない。それでは、病気でない人が医療の対象とされ、生活を変えられてしまう。うつ病キャンペーンが厖大なうつ病患者を作り、自殺へ追い込んでいったように。
うつ病キャンペーン流行に続いて、発達障害、アスペルガー症候群、自閉スペクトラム症が宣伝されてきた。この分野は、児童精神科や一部の小児科医から始まって、小中学校へ触手をのばし、医療と教育が一体になって拡がっている。
彼らは病気の宣伝はするが、向精神薬(覚醒剤や抗精神病薬、精神安定剤)を飲ましていることは言わない。言っても、小さい声でそっと付け加えるだけである。2010年代に入ると、子どもの発達障害では満足できず、大人の発達障害まで宣伝するようになった。
発達障害はいつまで発達するのだろうか、と訝っている内に、精神科・心療内科診療所の主要収入病名になりつつある。
それでは「減弱精神病」なるものの症状を、どうして確定するのだろうか。「精神病リスク症候群」とはなんと意味不明な命名か。前もって精神病のリスクが分かるとでも言うのか。
発達障害支援法を作るために、文部科学省を使って行ったアンケート調査(2002年)のように、「誰もいないのに、自分のことを噂しているように思える」、「誰もいないのに指図する声が聞こえることがある」、「人づきあいは好きでない」、「他人にどう思われているか、気になる」といった質問項目を並べて、将来精神病になる畏れの人は何%と宣伝する。「今治療しないと、精神病になります」と説得する。
家族、親族で統合失調症や自死した人がいる子どもや親は、どれほど不安になることか。しかも、高等学校保健体育の教科書には、精神疾患の予防と書かれている。
こうして教師と教科書と精神科医を信じて精神科クリニックに通わされ、抗精神病薬を飲まされる。飲まされた青少年は精神活動が低下し、苦しみ、周りの子どもたちからそれとなく差別される。苦しみ、将来に悲観して自殺する子どももいるだろう。
戦後、結核の予防は成功した。それは結核菌による肺などへの感染症という、病態がはっきりしていたからである。癌についての早期発見、早期治療は成果をあげている。それは癌という組織学的病理が明確だからだ。結核も癌も病理不明で、概念によって変わったり拡がったりするようでは、予防も早期発見もあり得なかった。
発達障害のラベリングは拡がり続け、治療と詐って長期に薬が処方されている。水野医師が長く理事長を続けてきた日本精神保健・予防学会も、学会大会のランチョン・セミナー(参加者全員への昼ごはん付き薬広告会)をいつも開き、大塚製薬と大日本住友製薬に用意させている。新しい保健体育の教科書を透かして見れば、エビリファイ(大塚製薬、統合失調症・躁状態の薬)とラツーダ(大日本住友)が浮き上がってきたりしないように祈りたくなる。
最後に、私が書いた優生保護法批判の論文(1973年)に戻って引用する。そこでは双生児研究による分裂病遺伝説を批判した後、分裂病の生物学的研究者たちのイデオロギーを批判している。
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