赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター
1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
どうして「つながりの時代」と「簡単なデマに引っかかる人」がむすび付くのだろうか。
それは多様な社会では、人々はどうしても孤立しがちになるからだ。
かつて戦後の高度経済成長の時代、「金の卵」と呼ばれた多くの若者たちが、各地の農村から都市へ上京した。故郷から遠く離れた土地に親しい人もいないなかで、孤独に苛まれる彼らの受け皿の一つに「新宗教」と呼ばれる様々な宗派があったことはよく知られている。
それが良かったのか悪かったのかは置いておくとしても、田舎から都市に出て環境が大きく変化した若者が新たな「つながり」を求めたのは当然のことだった。
それは現代社会でも同じだ。
今は新聞や雑誌やテレビといった、かつて隆盛を誇ったメディアが徐々に影響力を失っている一方で、YouTubeなど様々なネットメディアに接することが生活の中心になっている人は多い。その結果、ぼくらの時代で言えば、土曜8時の「全員集合」や「ひょうきん族」といった分かりやすい共通体験は少なくなった。
そんな社会において、つながりのきっかけを欲しがる人の需要を満たす方法の1つに「デマ」があるのである。
デマは明快である。
デマは明確に「良いもの」と「悪いもの」が分かれている場合が多い。
反ワクチンの立場に立てば、当然ワクチン(推進派)は悪だ。「和多志」にもGHQという悪が存在している。デマは「分かりやすい悪」が存在していると教えてくれるから、それらに反対するだけで誰でも簡単に「正義」の立場にいられる。
また、自分の周囲の誰も知らないような情報も
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?