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お台場「ヴィーナスフォート」23年の歴史に幕~ 想い出をありがとう そしてさようなら

バブル崩壊後に開業したテーマパーク型のショッピングモールが残してくれたもの

小松﨑友子 観光ブランディングプロデューサー/株式会社iNTO代表取締役

拡大女神が集うヴィーナスフォートのメインスポット「噴水広場」。たくさんの想い出が生まれた=2022年3月、東京都江東区青海1丁目(筆者撮影)

 東京・お台場エリアにある人気の商業施設「ヴィーナスフォート」(東京都江東区青海)が、3月27日をもって完全閉館する。

 ヴィーナスフォートは「女性のためのビューティ・テーマパーク」をコンセプトに、“全天候型のテーマパーク型ショッピングモール”として、1999年8月25日に東京・お台場に開業し、22年と7カ月もの間、多くの人たちの想い出を生み出してきた。

 半年前にヴィーナスフォート閉館を知ってから、できる限り足を運ぶようにしてきた。閉館が迫るごとに日々、胸がつかえる苦しさを感じる。想い出の場所を失うことの喪失感はもちろん、この場所が平成から令和にかけての約23年間、移り変わってきた時代の象徴のような場であったことが理由なのだと感じている。

 ヴィーナスフォート開業時を振り返り、今までの感謝とヴィーナスフォートに対する想いを書き残したい。

拡大閉館前日、ヴィーナスフォートエントランス付近で別れを惜しむ人々=2022年3月、東京都江東区青海1丁目(筆者撮影)

一面の空き地が「夢の街」に変貌した90年代

 小学生の頃、両親が休日に車で連れて行ってくれた「船の科学館」に向かう道中で、現在の「お台場エリア」を知った。当時、車窓から見えたのは、真っすぐに伸びる道路以外、一面の空き地だった。

 その後、東京都の臨海副都心開発計画のもと、1993年にレインボーブリッジが開通、1995年にはゆりかもめ(新橋- 有明間)が開業、1996年に「デックス東京ビーチ」開業、1997年のフジテレビのお台場本社への移転等が続き、現在の「お台場」の街並みが一気に形成されていった。

 ヴィーナスフォートが開業した1999年は、バブル崩壊後の不況が続き、有効求人倍率は急落して0.48%という最低の数値を記録した年であった。いま思えば、21世紀に向けての期待と先行きへの不安とが入り混じる、独特の空気感が漂う不思議な年だった。


筆者

小松﨑友子

小松﨑友子(こまつざき・ともこ) 観光ブランディングプロデューサー/株式会社iNTO代表取締役

東京都出身。広告代理店を経て独立。日本の「旅」と「食」を国内外に発信するマーケティングプロデューサーとして、日本全国の自治体及び企業のブランディング・マーケティングに関する課題の解決に取り組んでいる。大の映画好きであり映画関係者のコミュニティを運営。株式会社iNTO(イントゥ)代表取締役、早稲田インバウンド・ビジネス戦略研究会メンバー。「ジャパン・ツーリズム・アワード」メディア部門賞受賞「インバウンド・ビジネス戦略」共著にて出版。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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