大矢雅弘(おおや・まさひろ) ライター
朝日新聞社で社会部記者、那覇支局長、編集委員などを経て、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。天草支局長を最後に2020年8月に退職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
熊本県天草の「カレッジ」、安否確認もスイスイと
「100歳まで50代の脳年齢を保って人生総幸福量を最大化する」
そんなスローガンを掲げて、熊本県の天草地域で高齢者層を対象にスマートフォン講座「天草スマートカレッジ」が開かれている。
地域の高齢者層がお互いに教え合い、学び合う独特の手法で、受講者数はスタート時の約20人から延べ約750人に増えた。発祥の天草市から近隣の上天草市や苓北町にも広がり、11カ所で開校するまでに発展している。
「学長」を務める吉永繁敏さん(81)によると、同カレッジでは、6人でグループを組み、スマホ操作が出来るようになった人が他の人に教え、互いに「先生・生徒」となるグループ学習をしている。そこで習ったLINEを活用して、遠方の子や孫、親類、友人たちと毎日のように写真やスタンプを送り合い、ビデオ通話を楽しむことで、「人生観が変わった」という人もいるという。電話会社などが開く高齢者向けのスマホ教室は全国にあるが、高齢者同士がグループで学び合うスタイルは珍しい。そこが注目されている。
同カレッジの事務局長で社会教育家の山口誠治さん(59)によると、この活動の目的は、単に高齢者がスマホを学ぶことではない。生涯をかけて幸福量を最大化する生き方をめざしているのだという。
「幸福量」という耳慣れない指標に着目した取り組みのきっかけは、2009年にさかのぼる。
全国で高齢化が進む中、天草市でも、過疎化や空き家問題、限界集落などの問題は深刻だ。
高齢者は、今後どうなっていくのか、さまざまな不安を抱えているに違いない。そんな不安の実像を探ろうと、山口さんは2009年、独居老人を対象にした調査を天草市社会福祉協議会に提案。1000人に「いまの生活でどんなことに困っていますか」という一つの問いだけをぶつける聞き取り調査が実施された。
集まったデータを分析し、判断する指標として着眼したのが「世界で一番幸せな国」を提唱するブータン王国の取り組みだった。経済優先の国内総生産(GDP)から国民総幸福量(GNH)へ。欧米諸国などでも近年、国民の幸福実感を高めるために「環境政策に力を入れる」「政治の透明度を高める」といった政策にGNHを反映させる動きが広まっている。
山口さんは幸福量の研究を深め、天草市は2015年から2020年にかけて、市内の五つの地域で幸福量調査を実施した。