メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

どん底から掴みとったW杯 初の8強目指す日本代表

半年間の激闘~追い込まれたからこそ体得したレジリエンスを武器にカタールへ

増島みどり スポーツライター

アジア最終予選・最終戦のベトナム戦終了後、W杯出場を祝う横断幕を掲げるサポーターたち=2022年3月29日、埼玉スタジアム

半年の激闘締めるベトナム戦は1-1で消化不良、B組2位に

 どしゃ降りの大阪・吹田サッカースタジアムでの敗戦(昨年9月2日対オマーン、0-1)からスタートしたW杯カタール大会アジア最終予選が3月29日、半年の激闘を経て終わった。日本代表は埼玉スタジアムで、ベトナムに1対1と引き分け、勝ち点22(7勝1分2敗)でBグループ2位。勝ち点23のサウジアラビアが首位となった。

 ベトナム戦は、コロナ禍で続いた観客の上限規制が撤廃され、久しぶりに4万4600人ものファンがスタジアムに足を運ぶ。「終わり良ければ……」とする試合内容には、ほど遠かったが、活気が蘇ったスタジアムで、W杯出場権を獲得した厳しいレースのゴールを迎えられたのは幸運だった。

7大会連続のW杯出場を決めた試合後、サポーターと喜び合う主将の吉田麻也(右手前)ら日本代表選手たち=2022年3月24日、スタジアムオーストラリア

コロナ禍の影響受けた10試合

 5か国によるホーム&アウェー10試合は、コロナ禍の影響を大きく受けた。アウェーの中国戦は、中国への入国制限のため、「中立国」としてカタールのドーハで実施された。また、観客の入場制限は常に定められ、スタンドは最終予選とは思えない寂しい様子に。さらに、AFC(アジアサッカー連盟)がスポーツ中継などの動画配信をする「DAZN」と契約し、日本では、アウェー戦が初めて国内の地上波で中継されないなど、過去とは大きく様変わりした最終予選でもある。

 日本代表は3月24日、シドニーでオーストラリアに2対0と勝利し、7大会連続のW杯出場を決めた。

「誰も与えてくれない。自分たちで掴み取る」森保監督の真意

ピッチに向かって叫ぶ日本代表の森保一監督=2022年3月24日
 森保一監督に、オーストラリア戦(3月24日、シドニー)前日の会見で、「かつて監督が代表選手だった時には掴めなかったW杯出場の辛い経験を、選手にどのように伝え、これを乗り越えるか」と聞いた。

 監督は経験を「具体的には伝えていない」とした上で、「それでもひとついえるのは、W杯は誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで勝利を掴み取るものだということ。それは伝えました」と、あえて「掴み取る」と、強い表現した。

「ドーハの悲劇」―夢を目前に守りに入ったことの後悔

 4年前、代表監督に就任した際、「ドーハの悲劇よりも厳しい体験は、その後もなかった」と言った。

 94年のW杯アメリカ大会に手をかけた93年のアジア最終予選、最終戦でイラクにアディショナルタイム90分17秒で同点とされ出場を逃がした「ドーハの悲劇」の経験者は、自らの経験を選手に伝えるのではなく、「掴み取る」という言葉に込めた。当時は、「逃げ切ろう」「何とかこのまま2-1で試合を終えよう」と、夢を目前に守りに入ってしまった気持ちを後悔したという。

W杯アジア最終予選のイラク戦で終了間際に同点にされて悲願の初出場を逃し、ピッチに座り込む日本代表の選手たち=1993年10月28日、ドーハのアル・アリ競技場

29年後、最後まで前に出て「掴み取った」W杯

 オーストラリア戦後半39分、森保監督は運動量で攻守に貢献した南野拓実を三笘薫に交代。また中盤の田中碧を原口元気に代えて、一気に攻勢をかける最後のカードを切った。

 その5分後、残り1分に三笘が勝利を決めるゴールを奪うが、日本代表は、監督の「掴み取る」を表現するかのように、そこで一切満足しなかった。アディショナルタイムに入った49分にも三笘がゴールを決め、まさに勝利を「掴み取った」展開となった。

アジア最終予選・オーストラリア戦の後半、先制のゴールを決めて駆け出す三笘薫=2022年3月24日、スタジアムオーストラリア
 アディショナルタイムに、守ろうと夢を取りこぼした選手が、29年後、代表監督として巡って来たW杯出場決定試合に、今度は攻めて、前に出て、夢を叶える。森保監督にとっても、自らの苦闘を乗り越えるための、攻めの采配だったのだろう。

2敗の崖っぷちで迎えた豪州戦に勝ち、ピッチをまわってスタンドに残ったサポーターに声援への感謝を伝えた森保一監督=2021年10月12日、埼玉スタジアム

7大会連続出場が示す 日本サッカーの現在地

アジア最終予選の初戦。ホームでオマーンに敗れ、ピッチをあとにする日本代表の選手たち=2021年9月2日、パナソニックスタジアム吹田
 昨年9月に始まった最終予選の初戦、オマーン戦で0-1といきなりつまずく敗戦でスタート。10月にもアウェーでサウジアラビアに0-1で敗れ、最終予選を勝ち抜いた過去には例のない、2敗の重荷(ハリルホジッチ監督指揮下での2敗目は突破決定後の最終戦)を負って戦い続けなくてはならなくなった。しかし、10月、埼玉スタジアムでのオーストラリア戦に2-1で勝って波に乗ると、突破を決めた24日のオーストラリア戦まで怒涛の6連勝。

 W杯アジア最終予選をアウェーで突破したのは、10年南ア大会出場権を獲得した09年、13年前まで遡る(岡田武史監督指揮下)。ワンチャンスを、難しい環境下でものにする勝負強さや底力も示したといえる。また、7大会連続出場には、世界ランキングとは異なる、今の日本代表の現在地を示すような記録も付いた。

アジア最終予選・豪州戦の前半、先制ゴールを決めた田中(左から2人目)と喜び合う日本代表選手たち=2021年10月12日、埼玉スタジアム

ブラジルに次ぐ単独2位に。サッカーを進化させ続けている証し

 初出場(98年フランス大会)からの7大会連続出場は、第1回のウルグアイ大会からカタール大会まで22回連続出場のブラジルに次ぐものだ。前回のロシア大会まで並んでいたイングランドの6大会を抜いて、これで単独2位に。

 世界中で200カ国が参加するW杯予選で、本大会に初出場を果たした「初心者」が、その後約25年に渡って出場を続け、中堅、ベテランとなるまで国のサッカーを進化させるのは決して容易ではない。7大会連続出場は、日本が、少なくてもこのようなレールに乗っている現在地を示す数字といえる。

W杯出場を決めたアウェーのオーストラリア戦。豪雨の中で行われた試合前のセレモニー=2022年3月24日、シドニー、筆者撮影
オーストラリアサッカー連盟が日本メディアのために用意してくれたチキンカツ弁当とお菓子BOX。事前にベジタリアンやビーガンの人を確認するなどホスピタリティに日本の記者は恐縮していた=筆者撮影

「追い込まれたからこそ強くなった」―レジリエンスを体現した日本代表

 コロナ禍で、親善試合が行えず、予選も全てぶっつけ本番、それも欧州でプレーする選手の増加によって全員が集まってトレーニングできるのはいつも、試合前日の1回と厳しい状況だった。

 最終予選の初戦に敗れて、勝ち抜くためのセオリーである「スタートダッシュ」はできなかった。昨年の東京五輪も森保監督指揮下で戦い、吉田麻也、遠藤航、酒井宏樹の「オーバーエージ組」(五輪出場は23歳以下だが24歳以上を最大3人登録可能)の疲労も重くのしかかったといえる。

 若手とベテラン勢の新陳代謝もなかなかスムーズにはいかず、ベテラン勢は敗退の責任を負う形で手厳しい批判も受けた。

矢面に立ったベテラン長友が感じた手応え

 批判の矢面に立った長友佑都は、突破決定後の会見でこんな話をした。これで南ア大会以来、4大会連続でアジア最終予選を勝ち抜く「勲章」を手にした。

 「今までの予選で一番苦しかった。改めて、どんな時にもブレずに強い気持ちで戦う大切さを再確認できたと思う。自分自身に、苦しい時に立ち返る‘根’のようなものができた」と話し、これだけ長く代表を務めながらも、苦しい戦いの中に新たな手応えを実感したという。

 決戦から一夜明けて、森保監督が取材に対応した際も、同じように「困難だったからこそ」と、今予選を振り返っている。

オーストラリア戦の前半、ドリブルで攻め上がる長友佑都=2022年3月24日、スタジアムオーストラリア

森保監督の実感するクオリティーと精神力―W杯での持ち味に

 「この最終予選で追い込まれたことによって、自分は、伝えるという部分で、もっと選手のために突き詰めていかなければならないと痛感しましたし、トレーニングの映像や練習計画と、選手からの要求が日に日に高まって行った。追い込まれて、準備のクオリティーがもの凄く上がったと実感しています」

 長友と監督が話したチームの強みとは、「レジリエンス」(英語で圧力やストレスに対する復元力や回復力を意味する)にあったのだろう。追い込まれたからこそ、そこを乗り越えるためのメンタル的な強さがより鍛えられていく。

 日本サッカー史上最高位となる、目標のW杯ベスト8を目指す上で、今回、苦しんだ予選で手にしたこのレジリエンスは、カタールでの持ち味になり得る。

サッカーW杯カタール大会が開催されるドーハには出場が決まった国の国旗が掲げられている=2022年3月29日、ドーハ

W杯史上初の冬開催となるカタール大会 残る半年の課題

 W杯はこれまで夏に開催されてきたが、中東のカタールの気候を考慮し、今回は11月21日開幕と、初の冬開催で日程が組まれる。監督は「準備期間は実質半年」と話し、9月に予定されるインターナショナル・マッチ・デー(IMD)を終え、チームをある程度固める方針を

・・・ログインして読む
(残り:約474文字/本文:約3793文字)