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「真珠湾」に触れるのはタブーなのか~ゼレンスキー演説への反発から浮かぶ日本人の歴史認識

歪曲・修正された歴史から覚醒を

柴山哲也 ジャーナリスト、メディア研究者

 アメリカ議会でのゼレンスキー・ウクライナ大統領による時ならぬ真珠湾発言に反発する多くの声があがった。

 彼はロシアのウクライナ奇襲攻撃を、日本の真珠湾奇襲攻撃と9.11同時テロと並ぶテロと同列に扱ったことで、多数の日本人の怒りを買い、ツイッターなどSNSを中心にテレビワイドショーでも盛んな論議が起こったのは記憶に新しい。

 日本人の間で、ゼレンスキー真珠湾演説に「耳を疑う」「不愉快」「もう支援はできない」と感じた大勢の人々がSNSに投稿し、期せずして「真珠湾攻撃」はトレンドワード入りになったという。

 「ウクライナを支持した日本の人達でも考えを変えた人は多いと思う」「日本人が責められているような気持になるし、(ロシアと)同じ扱いにするな」「認識の誤りを全世界発信して許容できない」「真珠湾を比喩に持ち出すのは怪しからん」「太平洋戦争は日本がけしかけたと勘違いされる」などの書き込みがあった。一般人だけでなく著名人の名前もあり、テレビワイドショーでは有名タレントが「受け入れがたい」等の発言をして物議をかもした。

拡大米議会向けに演説するゼレンスキー・ウクライナ大統領=大統領のフェイスブックから

理解されていない真珠湾の歴史と日米関係の事実

 これらを見聞きして、「うーん、またか」と正直、思った。問題は「真珠湾の歴史と日米関係の歴史的事実が正しく理解されていないことに起因する。

 「日常生活では忘れていても、アメリカ人の心の中にはパールハーバー・シンドロームがトラウマのように潜んでいる。何か非常事態が起こるとパールハーバー・シンドロームが心の深奥に顔を出す」。マサチューセッツ工科大学の歴史学者ジョン・ダワー教授にインタビューした時、そう語ったのを思い出す。

 ゼレンスキー氏が米国議会演説で真珠湾攻撃と9.11米同時多発テロを、アメリカ本土が攻撃された歴史的事件の事例として並列したのは、アメリカ人のメンタリティをよく研究しているからだろう。何を言えば、アメリカ人の潜在意識の奥に眠る琴線に触れることができるか、ゼレンスキー氏は理解しているのだ。

 これに対して日本のSNSでは、「『真珠湾攻撃』はアメリカの軍事基地や施設を攻撃した軍事行動で一般人へのテロではない、ハワイの民間人に被害は与えていない」とする投稿が多数見られた。しかしそれは間違いだ。

 私はハワイの米国立シンクタンクEWC(東西センター)とハワイ大学客員研究員としてハワイに滞在したことがある。研究の合間に真珠湾を何度か訪ね、地元ハワイの関連資料を集めた。

 拙著『真珠湾の真実』(平凡社新書 2015年)で詳述したが、ハワイでは米国太平洋艦隊の軍事基地のあるパールハーバーだけが被害を受けたのではない。日本軍に撃沈された戦艦アリゾナの兵士など約2400人の軍人、民間人の死者がいるが、後遺症、住宅破壊、経済的破壊などが原因で死んだ民間人も多い。

 また当然のことだが、軍人なら無暗に殺傷して良いわけではない。近代戦争にはハーグ条約等の国際法で決められたルールがあり、その最重要ルールは明確な宣戦布告が行うことだが、真珠湾は宣戦布告なき奇襲攻撃と国際的には認識されている。野村吉太郎駐米大使が宣戦布告と称する「対米覚書」を米国国務長官コーデル・ハルに手交したのは、真珠湾攻撃の後だった。

拡大1941年12月7日(日本時間8日)、真珠湾(パールハーバー)で日本軍の攻撃を受け、黒煙を上げて沈む戦艦アリゾナ

 このため真珠湾が宣戦布告なき奇襲になったのは事実である。日本は宣戦布告をしたつもりでいるが、アメリカに知らせるのが少し遅れた。

 通告遅れの原因は、駐米日本大使館員が仕事を怠けていて、外務省から駐米アメリカ大使館へ送付された機密電報の英文タイプ打ち等の事務処理が遅滞し、結果的に通告遅れになった、というのが日本政府の公式の説明だ。

 この通告遅れ問題は東京裁判でも米側から追及されたが、裁判結果には影響はなかった。しかし「宣戦布告」の遅れは、大使館員怠慢説ではなく、日本側の確信犯的「作為」だったと考えられる新事実資料、暗号解読資料、米側の電報受電時刻記録などが発見されて事実関係の齟齬が見つかるなど、真珠湾の通説の見直しが進んでいる。

 なお、東京裁判で真珠湾が裁かれなかった理由は、米側に原爆投下の負い目があり、真珠湾と原爆投下が相殺されたと主張する専門家がいる。しかし真珠湾と原爆投下は異なる国際政治の局面で起こった日米の相互の軍事行動であり、相殺できる問題ではない。(この問題については、2016年12月15日付『論座』に「慰霊を装った真珠湾の政治利用は許されない――真珠湾奇襲と原爆投下の歴史的事実の解明が日米の国民的和解につながる」を書いたので参照してください)

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筆者

柴山哲也

柴山哲也(しばやま・てつや) ジャーナリスト、メディア研究者

 1970年に朝日新聞記者となり、学芸部、朝日ジャーナル編集部等に勤務、94年に退社。同志社大学院新聞学科修士課程中退、ハワイ大学、シンクタンク東西センター客員研究員等をへて、京都大学大学院経済学研究科・経済学部非常勤講師、京都女子大教授、立命館大学客員教授。著書に『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルヴァ書房)、『公共放送BBCの研究』(同、編著)、『戦争報道とアメリカ』(PHP新書)、『真珠湾の真実』(平凡社新書)『いま、解読する戦後ジャーナリズム秘史』(ミネルヴァ書房)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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