[3月16日]ミンスク、聖シモン・聖エレーナ教会、街録、独立宮殿……
2022年04月02日
3月16日(水) ベラルーシのミンスクに入って2日目。朝7時にホテルの朝食会場に行くとそこは、戦争が起きている国の隣国とは到底思えない、まるで別世界だった。すぐ国境をまたいだ「兄弟国」がこうむっている状況とのパラレルワールド。時間がない。とにかく今日できることをテキパキと取材しなければならない。
一昨日の夜(モスクワ時間)、ロシア国営テレビで定時ニュースの生放送中のスタジオに、編集者の女性(マリーナ・オフシャニコワさん)が「NO WAR」のプラカードを掲げながら、画面に映るように突如フレームインしてくるというハプニングがあったことが話題になっている。国営テレビのスタジオ内での直接行動だ。ある意味で体を張った命がけの行動だ。
ロシア国内のこうした、おそらく圧倒的少数派の人々の動きを注視しなければならない。ソ連崩壊時のゴステレ(ソ連国営テレビ/テレビラジオ放送委員会)のニュースキャスター、タチアナ・ミトコーバのことを思い出したが、彼女はその後、芳しくない転身を遂げたという話を後日聞いたことがある。
まずは聖シモン・聖エレーナ教会。もともとカトリック系の教会。レンガ造りの趣のある教会だ。1910年に造られたという。この教会の敷地内に広島、長崎、福島の土がカプセルに入れられて埋められている。また長崎の浦上天主堂から送られた鐘もあった。チェルノブイリ原発の大事故後に世界に広がった反核の動きの一環として、ここに日本から土が運ばれたのだという。
この教会、2020年の大統領選挙後、ルカシェンコの不正に抗議する大規模市民デモの際には、参加者たちが警官たちから逃れる「駆け込み寺」にもなっていたという。
真向かいがミンスク市庁舎、横に国会議事堂を含むベラルーシ政府の大きな建物があって、何とその前にレーニン像が堂々と建っている。昔見た映画『グッバイ、レーニン!』どころではなくて、現に首都のど真ん中に今もレーニン像がしっかりと建っているのだった。
何しろ時間に追われていて、地下鉄や地下のモールから出て来た市井の人々に、無作為に街録を試みた。市民たちは答えてくれるだろうか? 不安を胸に最初に若い男女のカップルに声をかけた。
──ウクライナで起きていることの情報をどのように得ていますか?
(工場で働く20歳の女性)「インターネットからです」
──率直に聞きますが、ウクライナで起きていることは悲しいことですか? それとも仕方がないことだと思いますか?
「いいえ、これは自然なことではないと思います。これは悪いことです」
(23歳の男性)「当然ですが、これはとても悪いことです。なぜならば人々が苦しんでいるからです」
(女性)「人々が苦しんでいます。彼らは飢えていて、地下室に退避しています」
──具体的にそういう事態に対して反対の意思表示をするとか、そういうことはありますか?
(女性)「いいえ」
(男性)「いいえ、誰にも意思を表していません。ただ、自分たちの立場というものもあって、世界には平和が必要です。そして、人々は戦争するべきではありません。特に私たちは同じスラブ国民ですしね」
──ベラルーシ、ウクライナ、ロシアは同じ民族ですか?
(男性、女性ともに)「はい」
──もし仮に、将来、ベラルーシがこの戦いに加わるようなことを、あなたたちのリーダーが言ったらどうしますか?
(女性)「正直、何の考えもありません。なぜなら、世界中の皆さんがお分かりだと思いますが、2年前にここで大統領選挙に関してデモがありました。それを考えれば、わからないですね」
(男性)「ウクライナは別の国です。何かあった場合は私は自分の国を守ります」
次に出会った婦人の答えに接して僕は正直、ここに来た甲斐があったと思った。「ウクライナで今起きていることについて知っていますか?」と聞いた。通訳のMさんが的確に間に入ってくれた。するとその婦人は一瞬驚いたように僕を見つめ、その後視線をそらしたその目から涙がどっとあふれだした。彼女はきちんと答えてくれた。
「もちろん知っています」
──どのように思いますか?
「何と言えばいいのかわかりません。もちろん悲しいことです。悲しいです」
──なぜですか?
「(涙を流しながら)あなた方のせいではありません。ちょっと動揺してしまいました」
──ウクライナの人々に対して何か言いたいことはありますか?
「彼らにはできるかぎりがんばって欲しいです」
──こういうことをお聞きするのは辛いですけれども、もし将来ベラルーシが戦いに参加しなければならなくなったらどうしますか?
「そうなったら、どうしようもないですね。私たちには何もできません」
聞いていて胸がいっぱいになった。別の女性に聞いた。
──ロシアが戦争を始めたことについてどう思いますか?
(41歳の女性)「私は政治的な話には一切触れたくないんです。でもひとりの人間として答えます。戦争は、悲しみや涙や痛みをともない、とても重いことです。私は戦争には反対です」
──もし仮に、ベラルーシが戦争に加わることになったらどうしますか?
「私にはそうなるとは思えません。私たちの国民は平和を愛しています。スラブ民族がお互いの手を取り合って、仲良くしていった方がいいと思います。私たちが喧嘩をしてしまったことは悲しいことです。私たちの祖父母たちが、大祖国戦争を一緒に乗り越えています。しかし、こんな結果になってしまいました」
その後もできる限り、道行く人たちにマイクを向けた。何だかひどく心が動揺していた。Kディレクターと一緒に発見したひとつの法則があった。それは煙草を吸っている人たちはインタビューに答えてくれる率が比較的高いこと。男性よりも女性の方が答えてくれること。比較的若い男性に聞くと──。
──ウクライナで起きていることについてどう思われますか?
「私は何も言いたくありません。コメントしたくないんです。私には関係ないですし、このテーマでは話したくないんです」
──怖いですか?
「話せません。すみません」
別の初老の男性に聞くと──。
「一つの質問だけなら答えましょう」
──ウクライナで起きていることをどう思いますか?
「面白い質問ですね。かつてアメリカがイラクやシリア、イランなどでやったことと同じですよ。全く同じです」
──それは仕方がないこと、悲しいことですか。
「ひとつ質問に答えたじゃないですか。もうこれ以上は話しません」
僕らはその後高層アパート群が建ち並んでいる郊外(ラコースキーキルマーシュ)に移動して、そこでも道行く人に聞いた。僕らのインタビューに答えてくれた51歳の女性の言葉が忘れられない。
──ウクライナで起きていることをどう思いますか?
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