ライブドアの一部門だったPJニュースの失敗の本質はここにある
2022年04月09日
国内メディア業界への十分な脅威としてのWSJ日本版の創刊で浮かび上がったキーワードとして、「ニッチ市場開拓」、「ニュースの再定義」そして「サプライチェーン化」がある。WSJ日本版を擁するダウ・ジョーンズだけでなく、ブルームバーグやロイターが斜陽業界といわれる国内報道メディア界に参入してきた理由がここにある。これらの報道ニュース部門の収益割合は全体の2割程度といわれる。
しかも、ターゲットとしての情報需要者を不特定多数という集団ではなく、多様性ある個人として捉えている。ブルームバーグやロイターの情報端末上には報道ニュースの割合は少ない。株価や外国為替、債券など世界各国のマーケットの動きや過去の市場統計といったデータ、投資銀行や証券会社のアナリスト・レポートで占められる。情報端末ユーザーが求める報道記事や市場データを組み合わせ、そこで得られた結果が特定個人に向けた「データ・ニュース」である。
>>連載のこれまでの回は以下からどうぞ
「市民メディア」ブームはなぜ終わったのか~激化する報道の競争市場で生き残る媒体は〈連載第1回〉
再来襲した「黒船」ニューズ社が日本のマスメデイアを席巻する?〈連載第2回〉
グローバルメディアの脅威に国内メディアが採った迎撃・提携・差別化策〈連載第3回〉
近年、日本国内でも「データ・ニュース」という用語が流通しているが、ブルームバーグやロイターがこれを実用化したのは20年以上も前の話だ。データ・ニュースの世界では、ニュースはジャーナリストによって生み出されるのではない。例えば、株価や外国為替の統計的に有意な騰落率というシグナルそのものがニュースとなる。
報道記事や各種統計情報それぞれは重回帰分析の独立変数に過ぎない。統計解析上のアルゴリズムに従って導出された従属変数がデータ・ニュースの実態である。経済界ではこのデータそのものがニュース価値であると共に、裁定取引機会を生み出す。「ニュースの再定義」はこうした変化を指す。
ニュースの対象は不特定多数というマスから、多様な個人へと変遷を遂げた。この間、国内の報道メディアは過去から連綿と引き継いできた夜討ち朝駆け取材や権力者からのリークによる「特ダネ」というニュースの定義に拘泥し続けてきた。
ブルームバーグやロイターが収益性の低い報道メディア業界にこだわる理由は、ジャーナリズムを扱う「公器」としてのポジションを得て、金融取引に欠かせない要人のコメントといった定性分析に必要な情報と、市場金利や決算数値といった定量分析に必要な情報の両面を、正確迅速に顧客に提供する必要があるからだ。
しかも、これらの情報端末を駆使するには知識と経験、時間が必要である。つまり、スイッチング・コスト問題が発生し、他社への乗り換えが困難なのである。このことが顧客の囲い込みにつながっている。
これに関しては公共性を掲げる報道メディア界からは異論もあろう。これについて別途詳述するが、「公器」をうたう新聞社も、「金儲けの道具」と指弾される金融情報サービス業も、程度の差はあれ同じ商業主義的な報道メディアである。
マス・メディアがこれまで取り組んできた報道ニュースの分野を微分し、あるニッチな市場をターゲットに、ある報道ニュースをきっかけに自社の情報端末上でシームレスなデータ収集とその加工、経済取引を可能にしたのがブルームバーグとロイター、そしてダウ・ジョーンズである。
WSJ日本版を発行するウォール・ストリート・ジャーナル・ジャパン社の出資者を見ればこの様子も一目瞭然だ。出資金4億円のうちWSJを傘下に持つ米ダウ・ジョーンズが6割、金融業者のSBIホールディングスが4割となっている。SBIホールディングスは傘下にSBI証券 というネット証券会社やモーニングスターという金融ニュースも配信する金融情報会社を収めている。
WSJ日本版の国内メディア業界への参入は「ニッチ市場開拓」、「ニュースの再定義」そして「サプライチェーン化」を意味していたのである。これに対しての国内報道メディア業界の戦略のあり方が問われている。
ここで市民メディア、PJニュースの失敗についての分析を進めたい。
ちなみにPJとはパブリック・ジャーナリスト(市民記者)の略である。地域社会が抱える問題に一般市民が主体的に関与するパブリック・ジャーナリズムは1990年代初頭の米国で台頭した。当時は新聞社など報道メディアのジャーナリストをコミュニティの積極的な参加者として位置づけ、新聞をコミュニティの問題を議論するための市民フォーラム化することを目指した。これはジャーナリズムを利用した社会関係資本の強化策として理解されていた(Rosen, 2001; Perry, 2003)。
その後、この潮流が急速な民主化とIT化が進行する韓国に飛び火した。オーマイ・ニュースが創刊され、市民が直接参加するパブリック・ジャーナリズムへと進化したのである(呉, 2005)。パブリック・ジャーナリズムと市民メディアはIT革命による地域の活性化と市民の政治参加のツールとして世界各地で活用されるようになった。
国内報道メディア業界の規模は短期的には一定である。そこにWSJ日本版という価格面とブランド面での競争力があるグローバル報道メディアが参入する。これが錯乱要因となり、国内報道メディア業界内の競争強度が上昇する。ここで各報道メディアは差別化などを進めることによって、業界内のポジショニングを再定義することに迫られる。
このうち、地域の生活情報などに編集方針に力点をシフトする報道メディアが出現する。人材面や資金面で劣後するPJニュースといった市民メディアは、この業態変化に大きな影響を受ける。この局面での適応力がそのまま、市民メディアの成否に直結する。
PJニュースは創刊当初は
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください