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女子サッカー最多出場記録を更新 アマチュア貫く中野真奈美

なでしこリーグで326試合 17年間仕事と両立続けた35歳の大記録

増島みどり スポーツライター

 10日、大阪府堺市の「Jグリーン堺」で行われた2022プレナスなでしこリーグ第4節、「スぺランツァ大阪」対「スフィーダ世田谷FC」戦で、大阪のMF・中野真奈美(35)が、なでしこリーグ通算出場記録を326試合とし、従来の325試合(2014年GK山郷のぞみ=当時ASエルフェン埼玉)を8年ぶりに更新する、歴代最多出場を記録した。

10日のスフィーダ世田谷FC戦で通算326試合の出場を果たした中野真奈美選手=Jグリーン堺/Jリーグ・なでしこリーグ提供拡大10日のスフィーダ世田谷FC戦で通算326試合の出場を果たした中野真奈美選手=Jグリーン堺/Jリーグ・なでしこリーグ提供

 世田谷に0-3で敗れたが、試合後にはセレモニーが行われた。中野は「試合後まで記録は意識していなかったが、皆さんから声をかけて頂いたりして実感した。中野真奈美だけではなく、スぺランツァ大阪、そして女子サッカーをこれからも盛り上げていけるように、自分自身も頑張ります」と、ベテランらしく女子サッカー全体への関心を呼びかけるコメントで喜びを表現した。
 セレモニーには、Jリーグで最多出場記録を誇る(10日の湘南戦で649試合)レジェンド、遠藤保仁(42=磐田)からも「毎年コンディションを維持しながら積み上げられた326試合という素晴らしい記録は、リスペクトにあたります。(中略)これからも怪我なくリーグ戦を終えて、なおかつ良い活躍をして下さると僕も嬉しいです。頑張って下さい」と、温かなコメントが寄せられ、アマチュア最高位のリーグが活気付いた。

17年、7クラブで出場し続けた記録の重み

中野真奈美選手/Jリーグ・なでしこリーグ提供拡大中野真奈美選手/Jリーグ・なでしこリーグ提供

 北海道北斗市出身の中野は、05年、「大原学園JaSRA女子サッカークラブ」でリーグ戦にデビュー。その後、「岡山湯郷Belle」で07年から14年、「ベガルタ仙台レディース」、「マイナビベガルタ仙台レディース」、「AC長野パルセイロレディース」、一昨年まで「ノジマステラ神奈川相模原」に在籍と、キャリア17年で実に7クラブを渡り歩いた。

 山郷のぞみ(現・WEリーグちふれASエルフェン埼玉コーチ)は、1993年から引退する14年まで21年で325試合に到達したが、女子は、年間の試合数が多い年でも20試合ほど。試合に出場するだけではなく、15年以上は現役でなければ達成できず、当時、女子で300試合を越えたのは山郷と澤穂希(当時INAC神戸在籍)のレジェンド2人のみ(現在でも6人)。300試合出場は、日本女子サッカー界を代表する選手の勲章といえる。

 Jリーグとは単純な比較はできないが、中野と同年齢の1986年生まれで、同じ2005年にリーグ戦にデビューを果たした現役に、西川周作(浦和GK、532試合=歴代7位)、興梠慎三(札幌FW、464試合=歴代13位)がいる。彼等のリーグ戦試合数は全34試合(18クラブ)で女子より遥かに多く、価値が分かる。

仕事しながらプレー、プロと異なる環境をあえて選ぶ

 鉄人記録を達成した本人は、強じんさや逞しさといったイメージとは正反対で、実にしなやかな競技人生を送ってきたようだ。大きなケガは足指の骨折だけで、戦線離脱するような不調もなかったという。健康長寿の秘訣について「特にないんです」と笑って、こう続ける。

 「何かをしなくては、とか、ルーティンを作るとか、それでストレスを抱えるのは私には合っていないんだと思います。オンとオフの切り替えもうまくできるように気を付けてはきましたが、サッカーが大好き、それが一番の秘訣だったくらいで……」

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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