大谷翔平にしか適用されない「大谷ルール」が大リーグに導入された三つの理由
キーワードは「集客策」「分かりやすさ」「事態に合わせた柔軟な対応」
鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授
米大リーグの公式戦が4月7日に開幕した。労使交渉のもつれから開始が3日遅れたが、開幕日の変更は1994年から1995年にかけてのストライキ以来、実に27年ぶりだ。一時は試合数の削減も検討されたが、最終的には予定どおり162試合がおこなわれることとなった。
注目を集める「大谷ルール」の導入
今季は、これまでアメリカン・リーグだけに適用されていた指名打者(DH)制度をナショナル・リーグにも導入する「ユニバーサルDH制度」の実施や、ポストシーズンの出場枠を2021年までの10球団から12球団に拡大するなど、規則や制度の変更が幾つかおこなわれる。
なかでもひときわ注目を集めるのが、「ある選手」が投手とDHの両方で先発出場する場合、投手として降板した後もDHとして試合に出場することが出来るという新規則である。同様の規定は、2021年のオールスター戦で「特別なルール」として大谷翔平(エンゼルス)のみに適用されたが、今後は正式な規則としてどの選手にも適用される。
現時点では、大谷しか該当する選手がいないため「大谷ルール」とも呼ばれるこの規則は、日本だけでなく米国でも“Ohtani Rule”と表記されている。通称として日本人選手の名前が用いられるルールは珍しい。今のところ、大谷だけに適用される規則を作ることに疑問を示す声もあるものの、少数派にとどまっている。
「大谷ルール」がなにゆえ導入されるに至ったのか。本稿では、「集客策」、「分かりやすさ」、「事態に合わせた柔軟な対応」の3点から検討したい。

試合前に体をほぐす大谷翔平=2022年4月10日(日本時間11日)、エンゼルスタジアム
労使紛争後の集客策として有効
人々の趣味が多様化した現在、大リーグは他のスポーツだけでなく、Netfflixといった映像配信サービスなどとも、視聴者を獲得する競争をしなければならない。
コロナ禍でロックアウトが長期化し、2022年には労使紛争が公式戦の開幕にも影響を及えたことは、大リーグが視聴者から見捨てられる契機になりかねず、長期的には、経営陣にとって重要な収入である放映権料への打撃も懸念される。
振り返れば、世界のプロスポーツ史上でも類を見ない労使対立となった、1994年から1995年にかけての大リーグのストライキでは、「百万長者と億万長者の争い」「ファン不在の対立」などの批判がわき上がり、大リーグは人気の低下と観客数の減少という非常の事態に直面した。
そんななか、1995年4月にはドジャースの野茂英雄が「トルネード投法」によって新人王と最多奪三振を獲得し、日本に「大リーグブーム」をもたらした。米国でも野茂を熱狂的に応援する“Nomomania”の現象が起き、ドジャースの本拠地ロサンゼルスではロサンゼルス・タイムスが、「ノモマニアとは何か?」という特集記事を組んでいる。
大リーグ全体の集客数の回復は、マーク・マグワイアとサミー・ソーサが、ロジャー・マリスの記録した年間61本塁打の記録を更新する、かつてない本塁打王争いを行った1998年まで待たねばならなかったが、野茂の存在が、人々が関心を失いかけた大リーグの人気を下支えする役目を果たしたことは間違いない。
今回も、“Shotime”の愛称で北米の野球ファンから親しまれる大谷翔平の人気にあやかり、人々の興味を惹きつけようとする大リーグ機構の意図は明らかだ。
しかも、同様の規定は、「特別ルール」として2021年のオールスター戦で適用した実績がある。「打者としては好調なのに、打ち込まれて降板したら打席に立つ大谷の姿を見られない」といった観客や視聴者の要望を先取りする形で、大谷翔平がより多く試合に出続けられる機会を設けることは、集客策の一環として効果的とみなされても不思議ではない。
>>この記事の関連記事