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41歳、奇跡の現役スプリンター・末続慎吾の挑戦とその先

設計図描く“建築家”と二人三脚で、5年ぶりの日本選手権出場へ始動

増島みどり スポーツライター

 4月中旬、末続慎吾(41=イーグルラン代表)は都内の陸上競技場にいた。

 2003年にマークした200メートル20秒03の日本記録は、現在も塗り替えられていない。また100メートル10秒03は、山縣亮太(セイコー)が日本記録を9秒95に更新し、9秒台が4人も誕生した21年時点でも、依然、歴代8位にある。

 しかし、こうした輝かしい「過去」と比較し、絶頂期と思われる頃に戻ろうとしているのではないようだ。6月に42歳になろうというスプリンターは、今も現役として厳しい管理を自らに課し、新しいトレーニングに次々と挑み、日本最高峰の日本選手権(6月、大阪・長居)を目指して「現在(いま)」を走っている。

末続慎吾拡大練習する末続慎吾選手/イーグルラン提供

 短距離の練習で一般的な、スタートからスピードを最大限まで加速するランニングは全く行わない。明らかにゆっくり、トラックを踏みしめ、10歩程を走ると、減速してしまう独特なものだ。それでも、スプリンターの肉体は以前にも増して磨かれ、腰の位置が高く、でん部が張り出し、オーラを醸し出す。
「折角新調したスーツが、(筋肉がついたせいで)もう入らなくなってしまいました。あー、もったいない!」

 悔しそうな表情でそう言ったが、本心は、昨年11月から本格的に取り組んだ冬季練習での手応え、予定する春のレースへの期待感にあふれているのだろう。レースは昨年5月以来で、日体大の記録会で40歳以上(45歳未満)の100メートル日本マスターズ記録にあたる10秒78をマークし、関係者を驚かせた。

“走る設計図”を描く建築家との出会い 感覚を可視化する

末続慎吾拡大北京五輪400メートルリレーで銅メダルを獲得し、喜ぶ選手たち。右から3人目が末続=2008年8月22日
 03年、主戦場としていた200メートルで挑んだパリ世界陸上で、日本人で初めてこの種目のメダル(銅)を獲得。08年の北京五輪400メートルリレー2走を務め、過去史上最高位の銅メダル(17年に上位の薬物使用が発覚し、銀メダルに繰り上がる)に貢献した後、突然、レースから姿を消した時期もある。

 12年にレースに戻ると、以降、プロランナーとして「イーグルラン」を立ち上げ、アマチュアから、トップランナー、女子アスリートの指導も行うなど、41歳は常に新しい環境に身を置こうとする。今回も同様に、新たな取り組みを始めた。

 「これまでの自分にとって、もっとも居心地が良かったのは、“自分の感覚値が主体”そういう概念でした。でも感覚をもし、客観的に可視化できたら、と新しいアプローチをしてみたいと思いました」
末続はそう話す。

 トップアスリートだけが知るこの「自分の感覚値」を可視化するため、いわば「設計図」を共に描いていく作業を行う「パフォーマンスアーキテクト」の里大輔(36=株式会社SATO SPEED代表取締役)と、昨年11月からコンビを組んだ。トレーニングを訪ねたこの日は、末続が上半身にGPSを装着し速度、距離、加速の際、1秒間にどれほど前進したか、といった細かいデータを収集。これら数値と、百戦錬磨のスプリンターの感覚がどうマッチし、或いはギャップが生じているかを可視化し、すり合わせていた。

末続慎吾拡大「パフォーマンスアーキテクト」の里大輔さん(左)とパソコンを使って走りを分析する/イーグルラン提供

 2人はこうした作業を、トレーニングではなく「作業工程」と、楽しそうに表現する。設計図とは、平面ではなく、目標を目指し、叶えるための立体的な工程表だ。

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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