コロナ禍に耐え今年は藤森祭が復活、駈馬神事は5月5日
2022年04月27日
競馬ファンにとっては、桜花賞、皐月賞につづいてクラシックG1レースの真っただ中にある。毎週末、胸躍らせ目が離せない、風薫る5月である。
その競馬ファンたちが足しげく詣でる神社が京都にある。競馬の神さまが祀(まつ)られ、勝運がつくという藤森(ふじのもり)神社である。
毎月5日に行われる願駈(がんかけ)祭では、競馬ファンが奉納した馬券を焼納し勝馬の祈願をする。さらに藤森祭に行われる5月5日の駈馬神事では古式にならい、境内を疾走する馬上で、乗り子がアクロバットさながらの馬術を披露する。
そして11月の駪駪祭(しんしんさい)では、馬主、騎手をはじめ競馬関係者が競走馬の無事を祈願し、午刻(うまのこく)まさしく正午に神事が行われる。
古来、藤の花は神の依代(よりしろ)であったという。その藤が群生していた地に鎮座するのが藤森神社である。神功皇后(じんぐうこうごう)によって創建、戦勝の軍旗を奉納したと伝わる古社だ。
本殿中央(中座)には、素盞鳴命(すさのおのみこと)、別雷命(わけいかずちのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、応神天皇(おうじんてんのう)、仁徳天皇(にんとくてんのう)、神功皇后、武内宿禰(たけのうちのすくね)の7柱、東殿(東座)に舎人親王(とねりしんのう)と天武天皇(てんむてんのう)の2柱、西殿(西座)には早良親王(さわらしんのう)、伊豫親王(いよしんのう)、井上内親王(いがみないしんのう)の3柱と、パワーみなぎる錚々(そうそう)たる神々が祀られている。
とりわけ駈馬(かけうま)神事は勇壮で、781年から続く伝統行事(京都市の無形民俗文化財)だ。早良親王が陸奥(むつ)の反乱征討に赴く際、藤森神社に祈誓(きせい)出陣した故事になぞらえている。南門から拝殿に向かって馬が全速力で駆け抜けるその馬上で、乗り子が逆立ちや後ろ向きに騎乗したり、一字書きをしたりと7種類の妙技が次々に演じられ迫力満点。
遡(さかのぼ)ること室町時代の武官や、江戸時代には伏見奉行所の武士や町衆らも、この駈馬神事で馬術武芸を競い合ったという。藤森が、「馬の社」といわれる由縁である。
コロナ禍にあって、昨年までは関係者のみで神事が行われていたが、祭を自粛するということは、伝承の技が途絶えることにもなりかねない。代々乗り子を継がれている駈馬保存会の氏子の方々にとっても苦難なことだったと慮(おもんぱか)る。
ようやく今年は晴れて藤森祭が行われる(駈馬神事は5月5日11:30と13:30の2回奉納される)。
境内を歩いてみると、絵馬舎には三冠馬のナリタブライアン、トウカイテイオーしかり、歴史に名を刻む名馬の大絵馬が掲げられている。
宝物館には紫絲縅大鎧(むらさきいとおどし・おおよろい=重要文化財)や大筒、銃身などの武具や銃器、三條小鍛治宗近(さんじょうこかじ・むねちか)作の刀剣と並んで、江戸時代の馬具や世界各国から集まった馬の置物のコレクションが多数陳列、頭上には武豊、福永祐一、幸英明といったJRA騎手の参拝時の写真やサインが展示されている。
余談だが、境内にある飲み物の自販機は、お金を投入すると馬が嘶(いなな)き、ファンファーレが鳴り響き、「幸運に恵まれますように」という神官さんの声が聞こえてくる。細かく探索すれば、思わず笑みがこぼれる仕掛けが満載だ。
馬のおみくじや左馬のお守りに加えて、「勝」「馬」「勝馬祈願」の絵馬もある。馬の無事を願う馬主さんの願掛けや、万馬券的中をリアルに祈願するものなど色とりどり。
折しも取材に伺った時は、G1大阪杯(2022年4月3日)の直前であった。2021年の年度代表馬となったエフフォーリアが今年初始動とあって、エフフォーリアと鞍上(あんじょう)の横山武史さんを応援する人々が詣でていた。
天馬行空(てんまこうくう)、自由自在に天空を跳ぶがごとく、まったく破綻(はたん)のない強い馬だと、エフフォーリアのことを誰もが思った。それこそ神頼みをする必要もないほどで、このレースも右に並ぶものがいない王者の風格を湛(たた)えていた。
ところが、結果からいえば9着、よもや、まさかの敗退であった。レース前、各スポーツ紙も辛口の予想家たちも、異口同音にエフフォーリアの勝利を疑わなかったのに、ハナ差やクビ差の僅差ではなく、大敗であった。
負けすぎの結果に、皆が腑(ふ)に落ちず、方々で敗因が語られた。休養明けで体調が整っていなかったとか、初の関西遠征に原因があったとか諸説紛々。横山武史騎手は「返し馬で気合をつけた」とレース後にコメントされていたが、私はその言葉に膝(ひざ)を打った。
大阪杯のレース前、パドックを周回した馬に、騎手が乗る直前の光景である。馬番6番のエフフォーリアは、その前後にアカイイト(5番)とウインマリリン(7番)という2頭の牝馬(ひんば)に挟まれていた。画面でその様子を観察していたのだが、エフフォーリアは、隣のアカイイトを横目で追っていたのである。
4歳の牡馬(ぼば)といえば、人間でいう成人前の思春期の青年である。名前からしてマリリンにアカイイトと、艶(なま)めかしい牝馬に挟まれて、気もそぞろになるのも頷(うなず)ける。狭いゲートに入ってからも、隣のマリリンとアカイイトをチラ見しながら、エフフォーリアはいつになくソワソワしているようだった(その後、ゲートに顔をぶつけて怪我(けが)をしていたことが判明)。
そしてレースが始まり、エフフォーリアが駆け上がってくるのを、誰もが固唾(かたず)をのんで待ち構えていたその時、肩透かしもいいところで、当のエフフォーリアはいまだ馬群の中。よくよく見ると、アカイイトと並んで走っているではないか。結果は9着、10着がアカイイトだった。
藤森神社の馬の神さまに願いは届かなかったのか、といえば、さにあらず。
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