薄雲鈴代(うすぐも・すずよ) ライター
京都府生まれ。立命館大学在学中から「文珍のアクセス塾」(毎日放送)などに出演、映画雑誌「浪漫工房」のライターとして三船敏郎、勝新太郎、津川雅彦らに取材し執筆。京都在住で日本文化、京の歳時記についての記事多数。京都外国語専門学校で「京都学」を教える。著書に『歩いて検定京都学』『姫君たちの京都案内-『源氏物語』と恋の舞台』『ゆかりの地をたずねて 新撰組 旅のハンドブック』。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
コロナ禍に耐え今年は藤森祭が復活、駈馬神事は5月5日
境内を歩いてみると、絵馬舎には三冠馬のナリタブライアン、トウカイテイオーしかり、歴史に名を刻む名馬の大絵馬が掲げられている。
宝物館には紫絲縅大鎧(むらさきいとおどし・おおよろい=重要文化財)や大筒、銃身などの武具や銃器、三條小鍛治宗近(さんじょうこかじ・むねちか)作の刀剣と並んで、江戸時代の馬具や世界各国から集まった馬の置物のコレクションが多数陳列、頭上には武豊、福永祐一、幸英明といったJRA騎手の参拝時の写真やサインが展示されている。
余談だが、境内にある飲み物の自販機は、お金を投入すると馬が嘶(いなな)き、ファンファーレが鳴り響き、「幸運に恵まれますように」という神官さんの声が聞こえてくる。細かく探索すれば、思わず笑みがこぼれる仕掛けが満載だ。
馬のおみくじや左馬のお守りに加えて、「勝」「馬」「勝馬祈願」の絵馬もある。馬の無事を願う馬主さんの願掛けや、万馬券的中をリアルに祈願するものなど色とりどり。
折しも取材に伺った時は、G1大阪杯(2022年4月3日)の直前であった。2021年の年度代表馬となったエフフォーリアが今年初始動とあって、エフフォーリアと鞍上(あんじょう)の横山武史さんを応援する人々が詣でていた。
天馬行空(てんまこうくう)、自由自在に天空を跳ぶがごとく、まったく破綻(はたん)のない強い馬だと、エフフォーリアのことを誰もが思った。それこそ神頼みをする必要もないほどで、このレースも右に並ぶものがいない王者の風格を湛(たた)えていた。
ところが、結果からいえば9着、よもや、まさかの敗退であった。レース前、各スポーツ紙も辛口の予想家たちも、異口同音にエフフォーリアの勝利を疑わなかったのに、ハナ差やクビ差の僅差ではなく、大敗であった。
負けすぎの結果に、皆が腑(ふ)に落ちず、方々で敗因が語られた。休養明けで体調が整っていなかったとか、初の関西遠征に原因があったとか諸説紛々。横山武史騎手は「返し馬で気合をつけた」とレース後にコメントされていたが、私はその言葉に膝(ひざ)を打った。
大阪杯のレース前、パドックを周回した馬に、騎手が乗る直前の光景である。馬番6番のエフフォーリアは、その前後にアカイイト(5番)とウインマリリン(7番)という2頭の牝馬(ひんば)に挟まれていた。画面でその様子を観察していたのだが、エフフォーリアは、隣のアカイイトを横目で追っていたのである。
4歳の牡馬(ぼば)といえば、人間でいう成人前の思春期の青年である。名前からしてマリリンにアカイイトと、艶(なま)めかしい牝馬に挟まれて、気もそぞろになるのも頷(うなず)ける。狭いゲートに入ってからも、隣のマリリンとアカイイトをチラ見しながら、エフフォーリアはいつになくソワソワしているようだった(その後、ゲートに顔をぶつけて怪我(けが)をしていたことが判明)。
そしてレースが始まり、エフフォーリアが駆け上がってくるのを、誰もが固唾(かたず)をのんで待ち構えていたその時、肩透かしもいいところで、当のエフフォーリアはいまだ馬群の中。よくよく見ると、アカイイトと並んで走っているではないか。結果は9着、10着がアカイイトだった。
藤森神社の馬の神さまに願いは届かなかったのか、といえば、さにあらず。