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ガルージン駐日ロシア大使は必死に「でっちあげだ」と……

[4月3日~4月11日]日本記者クラブ連続会見、ガルージン駐日ロシア大使……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

プーチンの「名代」ガルージン大使との激しいやりとり

4月7日(木) 朝、メディア学会の部会の沖縄勉強会打ち合わせ。赤坂の白妙のシュークリームを買う。神保町で打ち合わせの前にカレーを食べる。

 ブチャの虐殺の衝撃広がる。Google社は、ウクライナ軍が自国民を意図的に虐殺しているなどの内容を含むコンテンツを凍結する方針を発表した。

 15時30分から神保町での定期打ち合わせ。ブチャでの民間人虐殺報道などについて、プーチン大統領は「下品でシニカルな挑発行為だ」とハンガリーのオルバン首相との電話会談で述べたという。

 16時30分からロシア大使館でガルージン駐日大使へのインタビュー。現下の状況の下では断られる可能性が大だったが、何とか実現に至った。以前、ウクライナ侵攻のちょうど1週間前の2月17日にガルージン大使にインタビューをした。その時もかなり激しいやりとりとなったことがあったので、なおのこと、難しいかと思っていた。

 ロシア大使館は厳しい警備体制が敷かれていた。Kディレクターとカメラクルー(2カメ)と同大使館前で落ちあい、その後、大使館玄関外で機材チェックが念入りに行われたのちは、対応は意外なほどあっさりしていた。大使館1階の面接広間。

セッティング中の『報道特集』取材チーム拡大セッティング中の『報道特集』取材チーム=撮影・筆者
広間に飾られていた写真拡大広間に飾られていた写真=撮影・筆者

 カメラ位置を決めセッティングが行われるまで、いろいろな想念が頭をよぎった。ガルージン氏はソ連時代からの生え抜きのプロの外交官であり、少年期の多感な時期(6歳から11歳まで)を日本で過ごしたほか、3度の駐日大使館勤務を経てきた。日本語能力はおそらくロシアでトップ級であり、北方領土交渉を含む日ソ首脳会談、日露首脳会談でクレムリンの公式通訳を努めてきた人物だ。日本の歴代首相がその時どんな発言やどんな身振りをしてきたのかを全部目撃してきた人物だ。

 こちらとしても民間人の虐殺の事実に関する見解を問わなければ何のためのインタビューかということになる。フェイクだというのならその根拠を示してみろというわけだ。さらには停戦協定の可能性、ロシア国内のメディア統制の現実について、さらには世界で広がるロシアの外交官の追放についても。インタビュー会場の広間には、広報担当のタチアーナ・コーチキナ二等書記官の他に3人の男性大使館員が立ち会った。

インタビューに答えるガルージン駐日ロシア大使=『報道特集』より拡大インタビューに答えるガルージン駐日ロシア大使=『報道特集』より
 インタビューは案の定、時折、かなり感情的なやりとりになった。ガルージン氏側は広間に大きなモニターセットを用意していて、民間人虐殺の話に及ぶと、
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七つ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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