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有明の「格差の海」──佐賀西南部ノリ凶作に追い打ちをかける矛盾した判決

諫早湾が「ギロチン」で閉め切られて25年

永尾俊彦 ルポライター

 農林水産省の干拓事業のため、諫早湾(長崎県)が「ギロチン」と呼ばれた鉄板の連鎖的な投下によって閉め切られてから4月14日で25年、四半世紀になった。

 今季の有明海のノリ漁は、佐賀県が全体としては東部を中心に生産額で19年連続日本一の見込みの半面、同県西南部は記録的な凶作だった。漁船漁業も壊滅的だ。3月25日、漁民が待ちわびる潮受け堤防排水門の開門の強制執行を許さないという福岡高裁差し戻し審の判決が、追い打ちをかけた。

=撮影・筆者拡大福岡高裁前で横断幕を持つ漁民原告ら。左端が馬奈木昭雄弁護団長=2022年3月25日、撮影・筆者

「格差の海」

諫早湾干拓地拡大有明海周辺
 「悪いレベルが今までと全然違う。極端すぎる」。今季の凶作について、佐賀県西南部、鹿島市七浦のノリ漁師・松本秀章さん(38歳)はこう言う。今まではノリが色落ちしても雨が降れば海の栄養塩が増え、色も戻った。だが、今季は全般に少雨だったが、まとまった雨が降った時もあったのに戻らない。赤潮プランクトンが栄養塩を食べるのが色落ちの原因だ。中には「金髪」になったノリもあった。

 松本さんの漁場から20キロほどに諫早湾干拓の潮受け堤防の排水門がある。雨が降ると、汚濁水が諫早湾(有明海)に排水される。

 松本さんら沿岸の漁師は、この排水が赤潮を引き起こすと見ている。「色落ちする時は、何日か前にあそこ(排水門)ば開けとっとですもんね」。だから、今は排水門から一方的に排水されるだけだが、海水を出し入れする「開門」により調整池は浄化される、と漁民の多くは期待する。

漁民が「金髪」と呼ぶ色落ちしたノリ(佐賀県鹿島市沖/林田直樹氏撮影)拡大漁民が「金髪」と呼ぶ色落ちしたノリ=佐賀県鹿島市沖、撮影・林田直樹氏
 松本さんの属する佐賀県有明海漁協鹿島市支所の今季の生産額は9億8000万円。一経営体平均で1000万円ほど。個人差はあるが、ノリの乾燥機の借金、ノリ網、ノリの種子代などざっと1000万円くらいの設備投資や経費が必要なので、最低でも1700万円以上は生産額がないと生活していけない。

 今秋の次のノリ漁季まで、「共済金でつないで、後はバイトかな」と松本さんは話す。

 不作に備えて漁業者が支払っている掛け金などによる漁業共済制度から補てんされるのが共済金だ。バイトとは、日当8500円ほどのタマネギの収穫作業だ。

 だが、同じ有明海でも東部のノリ漁は好調だった。佐賀県沖有明海の今季のノリの累計販売金額は217億7700万円で19年連続「日本一」の見込みだ。ノリ1枚が100円を超える高級品「有明海一番」を生産した漁場もある。

 他方、松本さんの鹿島市支所の生産額は諫早湾の閉め切り後、最も多かった2015年度と比べると、3分の1に満たず、閉め切り後最低だ(鹿島市役所による)。入札で値が付かない「フダなし」のノリもあった。同じ海域に「有明海一番」と「フダなし」が同居する「格差の海」になってしまった。

松本秀章さん(佐賀県有明海漁協鹿島市支所)拡大松本秀章さん(佐賀県有明海漁協鹿島市支所)=撮影・筆者

 東部は九州最大の河川である筑後川の河口に近く、栄養塩が豊富だが、西南部には大きな川がない。その面では不利だ。が、松本さんもかつて1枚115円の値が付いた「有明海一番」を採ったことがある。七浦地区の近隣には、湿地を保護するラムサール条約に登録された「肥前鹿島干潟」が広がる。この干潟にはサルボウ(赤貝)などの貝類が豊富で浄化能力が高く、干潟のミネラルなどもノリ養殖に好影響を与えていたと松本さんは言う。

 とすると、「凶作」の原因は諫早湾干拓しか考えられない。「諫早湾に近ければ近いほど(ノリの生産高が)悪かやろ」と松本さん。

 近年、酸素濃度の低い貧酸素水塊も多発するようになり、サルボウも育たない。ノリと貝の周年操業ができず、ノリに頼るようになっていただけに、今季の凶作はこたえる。

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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。著書に『ルポ 諫早の叫び──よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『ルポ「日の丸・君が代」強制』(緑風出版)、『国家と石綿──ルポ・アスベスト被害者「息ほしき人々」の闘い』(現代書館)など多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです