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誤入金4630万円を使い込み それでも罪に問うのはきわめて難しい

法改正前に条文の壁を壊すという、日本の刑事司法の悪い癖

園田 寿 甲南大学名誉教授、弁護士

 山口県阿武町が新型コロナウイルスに関する給付金4630万円を誤入金した問題は5月18日夜、お金を返さずネットカジノで使ったとして24歳の男性住民が電子計算機使用詐欺容疑で逮捕される刑事事件に発展した。町は24日の会見で、誤入金した4630万円の9割にあたる約4299万円を「確保した」と説明。容疑者が出金した、カジノサイトの決済代行業者とみられる3社の銀行口座に対して差し押さえなどの手続きをとり、3社から町側の口座に入金があったという。

 誤振込み事案はしばしば発生しニュースにもなるが、振り込まれたお金を使うことが罪になるのかどうかは、法的には取り扱いが難しい問題と言われる。この「電子計算機使用詐欺罪」とはどのような犯罪なのか、今回の事件に適用可能なのか、刑法学者の園田寿さんに解説記事を寄稿していただいた。

棚からのぼた餅を食べれば、民法では返還義務が生じる

 久しぶりに「棚からぼた餅」という言葉を思い出した。昔は砂糖が貴重であったので、思いがけない幸運のことをこう言った。外国にも「pennies from heaven」(天から降ってきたペニー硬貨)と、同じようなことわざはある。

 しかし、実は「ラッキー!」と喜んでもいられない。他人の物だから食べてはいけないのは当然だ。もし食欲に負けて口をつけてしまったなら、そのぼた餅の価格と利息を相手に金銭で返すことになる。当たり前のことである。民法はこのような場合を「不当利得」と呼んで、返還のルールなどを703条以下に定めている。

 阿武町のケースでは、警察の発表などによれば、「ぼた餅」が4千数百万円の大金(公金)で、これを手にした者が返すのは嫌だと開き直り、周りが右往左往している間に全額が違法なギャンブルのために他の口座に移されてしまった。短期間にスマホを使って全額を別の口座に移した、その手際の良さにあきれたが、国民の正義感に火が付き、連日マスコミはこの事件を報道した。結局、彼には電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)という聞きなれない罪名が適用され、逮捕された。

 「何だこれは?」と声が聞こえてきそうである。確かに難しい犯罪ではある。ガラス玉をダイヤだとだまして、大金を巻き上げたというのとはわけが違う。そこでこの犯罪について解説したいと思うが、まずは銀行預金とか振込みとかの話から入っていきたいと思う。

 と、ここまで書いて、振り込んだ決済代行業者が3500万円を町に返還したというニュースが! 事実関係の詳細はまだ分からないが、とにかく失われたお金の3分の2以上が返ってきて本当に良かったと思う。しかし、それはそれとして犯罪の成否の問題は依然として残っている。

「町民の皆様、多くの方々に大変なご心配やご迷惑をおかけした」と述べ、頭を下げる花田憲彦町長(右)=2022年5月24日、山口県阿武町役場「町民の皆様、多くの方々に大変なご心配やご迷惑をおかけした」と述べ、頭を下げる花田憲彦町長(右)=2022年5月24日、山口県阿武町役場

銀行に預けたお金はだれのもの?

 当たり前だろ、預けた人のものだろ、と声が聞こえてくるが、法律家は次のように考える。

 物を預ける契約は、「寄託」(きたく)と呼ばれる。物を預かる人(受寄者)が預ける人(寄託者)のためにその物を保管する契約である。たとえば手荷物一時預かり。この場合は、当然、預けた人が預かる人に委ねた「その物」を返さないといけない。壊れた場合には、弁償する。

 ところがお金の場合は事情が異なる。AがB銀行に1万円を預けたならば、B銀行は「Aの指紋がついたそのお札」を払い戻さなければならないのではなく、同じ価値の1万円を払い戻せばいい(当たり前)。B銀行はAから預かった1万円を他に使って収益をあげても構わない。というか、それによって銀行業が成り立っている。このような契約を消費寄託契約という。

 つまり、1万円を預けたAはB銀行に対して、いつでも1万円という財産的価値を返してくれという権利があることになる。これは人(銀行)に対して一定の行為を促すことができる権利だから、「債権」である。だから、銀行にあるお金は銀行のモノであって、預金者は「払い戻してくれ」という預金債権をもっていることになる。

 さて、それでは誤振込みの場合はどうだろう?

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