メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

キーシンが奏でたショパンに込めたロシアの侵略戦争へのメッセージ

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

キーシンが発表した反戦メッセージ

ロシアのプーチン政権やロシアに対する西側諸国の対応を批判する世界的ピアニストのエフゲニー・キーシン拡大ロシアのプーチン政権と西側諸国の対応を批判してきた世界的ピアニストのエフゲニー・キーシン

 キーシンはモスクワのユダヤ系の家庭に育ち、現在はロシア、英国、イスラエルの国籍を持っていて、チェコのプラハで妻と暮らしている。

 筆者はキーシンに対して何となく、子供の頃からピアノだけをやってきた、浮世離れをした天才肌の芸術家という勝手な印象を持っていた。だから彼が発表した、政治家顔負けの実に説得力のある反戦メッセージを読んで驚いた。少し長いがその一部を抜粋してみる。

 「もし西側の自由諸国が8年前(2014年)、クリミア併合後にプーチン政権に対して現在と同じ制裁を適用していれば、今のウクライナでの戦争はなかっただろう。そして2008年、プーチンのグルジア(ジョージア)侵攻と南オセチアの事実上の併合に対して、欧米がそのような制裁を適用していれば、プーチンは5年半後にクリミアを併合しなかっただろうし、もしかしたらその時にはもう政権を失っていたかもしれない。さらに言えば、1999年から2000年にかけて、チェチェンでの大虐殺に対して西側諸国が今回のような制裁を加えていれば、グルジアやウクライナへの侵攻は間違いなくなかっただろう」

 さらにキーシンは、そもそもロシアが国連安全保障理事会の議席を与えられたことについて、厳しく言葉を続けた。

 「プーチンは、ウクライナ侵攻の直前にロシアのテレビで放映された演説で、『1990年代のロシアが極めて開放的であったにもかかわらず、欧米はロシアに対して非常に不公平であった』と主張した。プーチン本人がそう言ったことは、驚きではない。彼の性格は良く知っている。だが現実はその正反対であることは明らかだ。西側は冷戦の勝者のように振る舞ってこなかった。だからこそ、いま私たちはさまざまな問題や悲劇に見舞われている。ソ連が消滅した後、なぜロシアが国連安全保障理事会の議席を引き継いだのか。カナダやオーストラリア、日本のような民主主義国が引き継ぐべきではなかったのか」

 そして最後に、こう締めくくっている。

 「今、私が言えることは、勇敢なウクライナの人々がこの戦争に勝利し、侵略者と殺人者を彼らの国から追い出すために出来る限りの手助けをしなければ、歴史はあなたを許さないだろう、ということです」

 実はキーシンが政治的なメッセージを発したのはこれが初めてではない。

・・・ログインして読む
(残り:約1138文字/本文:約2749文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で、2018年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。ほかに『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

田村明子の記事

もっと見る