「ケシカラン輩は処罰されるのが当然」では罪刑法定主義は成立しない
2022年05月30日
山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円を誤って1世帯に振り込んだ問題は、2月23日のロシアのウクライナ侵攻以来、テレビのニュース、ワイドショーを埋め尽くしていたウクライナ関連の話題を凌ぐほど注目され、連日、報道され続けた。そして、常識的な法解釈からは犯罪が成立しないと思える「電子計算機使用詐欺罪」で誤振込口座名義人の町民が逮捕されるという異常事態まで引き起こした。
4月15日、花田憲彦阿武町長が記者会見を開いて公金誤振込の事実を明らかにし、4月22日に、誤振込を受けた町民から返還を拒否されていることが公表された時点から、全国紙での報道が始まった。5月12日に同町が「不当利得返還等請求訴訟」の提訴を行った時点からは、テレビのワイドショー等でも連日取り上げられるようになった。
その後、阿武町は、誤振込を受けたT氏の住所と氏名をネットで一般公開した。
5月16日、T氏の代理人弁護士が、誤振込金の使途がオンラインカジノであること、口座残金は6万8000円あまりであることを公表した。
5月18日、山口県警萩署が、T氏を電子計算機使用詐欺罪で逮捕、翌19日、山口地検に送致され、検察官が同罪で勾留を請求し、10日間の勾留が決定されている。
そして、5月24日、オンラインカジノの決済代行業者から約4300万円が返還されたことを、花田町長と中山修身弁護士が記者会見で明らかにした。
代理人弁護士の説明によると、阿武町は、国税徴収法と地方税法を駆使しながら具体的な回収作業を行い、T氏と決済代行業者3社が委任関係にあると判断し、業者の口座をT氏自身のものとみなして預金の差し押さえ手続きを進め、T氏本人に対しても、誤振込金全額と弁護士費用を返還するよう求める訴訟を起こしたところ、誤振込分についてはT氏側が請求を認諾し、決済代行業者から阿武町に約4300万円の返金が行われたという。
それにしても、この「4630万円誤振込問題」をめぐる事象については、「異常」と思えることが多い。
第一に、そもそも、阿武町という山口県の片田舎の自治体で発生した「4630万円誤振込」の問題が、なぜ、これ程までに大きく世間を騒がす問題になるのか。
官公庁、地方自治体の業務の中で過誤が生じるのは、ままあることである。それによって、多額の損失が生じることもある。それについて、重大な過失があれば、当該過誤を犯した職員が責任を問われることもあろうし、上司に監督責任が生じることもある。過誤による損失を回復する手段があるのであれば、それは、自治体として精一杯やるのが当然である。それが、日本でも極小規模の町で起きた「一つの過誤」が、なぜ、重大な社会問題になるのであろうか。
第二に、阿武町が民事訴訟を提起した後、誤振込を受けたT氏の住所・氏名を、なぜ公表したのかということである。刑法学者の園田寿氏は、実名を挙げて不当に得た公金の返還を拒否しているという事実を公表することはA氏に対する名誉毀損に当たる可能性があることを指摘し、「これが許されるならば、今後、自治体に多額の金銭債務があり、その履行を理由なく拒んでいる者についてはその氏名を公表しても構わないということにもなりかねない」と阿武町の対応を批判している。
第三に、最大の問題は、警察、検察の対応も「異常」だということである。誤振込資金を誤振込先口座から他の口座に振り替えた行為を、警察は、電子計算機使用詐欺罪(以下、「電算機詐欺」)に当たるとして、T氏を逮捕した。刑事事件で逮捕された際に警察が「実名公表」を行うことが多いが、それを、逮捕以前に阿武町が行うという「異常な対応」に及んだことで、逆に、警察の逮捕が誘発されたような感がある。
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