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沖縄2022 水納島、美しきクロワッサン・アイランド

復帰50年―那覇の市場から④

橋本倫史 ノンフィクションライター

開墾から始まった水納島のくらしの歴史

 僕は2015年に偶然この島を訪れて以来、「いつかこの島を取材したい」と思っていたわけでもないのに、毎年のように足を運んできた。

 去年の春、少し長めの滞在をした際に出会った一言がきっかけとなり、この島のことを書き記さなければという思いに駆られ、「水納島再訪」というタイトルで『群像』で短期集中連載をして、今年の春に一冊の本として出版することになった。

 水納島の開拓が始まったのは明治23(1890)年のこと。それまで無人島だった水納島に、4キロほど離れた場所にある瀬底島に暮らす人たちが渡り、開墾して芋を植えている。芋は豊かに実り、耕作に適した土地だと判明すると瀬底の人たちは船で往復しながら農業を続けていたが、やがて水納島に定住する人も現れ始める。家系図をたどると、土地を相続できない次男や三男が水納島に移り住んでいる。

 水納島も瀬底島も、半農半漁で生活が営まれてきた。ふたつの島がある本部町はカツオ漁で知られ、いくつか漁村があるものの、多くの集落は農業で生計を立ててきた。

 そこに変化の兆しが見えたのは、沖縄が復帰を果たした頃のこと。1972年5月25日――つまり復帰の10日後、国際博覧会事務局は沖縄国際海洋博覧会の開催を決定する。読谷村や糸満市、慶良間諸島や先島諸島なども候補に挙げられたが、最終的な開催地に選ばれたのは本部半島だった。1975年の海洋博開催を目指して、沖縄本島は「改造」されてゆく。

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筆者

橋本倫史

橋本倫史(はしもと・ともふみ) ノンフィクションライター

1982年、広島県東広島市生まれ。著書に『ドライブイン探訪』『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場の人々』『東京の古本屋』。最新刊は『水納島再訪』(講談社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」、JTAの機内誌『Coralway』で「家族の店」を連載中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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