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沖縄2022 人口の急増と急減、水納島の戦後に日本が重なる

那覇の市場から⑤

橋本倫史 ノンフィクションライター

水納島の戦後、やってきた米軍と帰還した人たち

 沖縄で地上戦が始まったのは、今から77年前の春だ。1944年の夏にサイパンが陥落すると、沖縄にも米軍が上陸してくることを想定し、各地に日本の部隊が駐屯し、住民を巻き込んで激しい戦闘が繰り広げられてゆく。

 しかし、沖縄の離島である水納島(みんなじま)には――隣の瀬底島から移り住んだ人たちが開拓したという意味では、沖縄本島から見ると、離島のさらに離島だとも言える水納島には――日本軍は駐屯していなかった。それどころか、昭和7(1932)年に水納島に生まれた与那嶺トシさんによると、水納島にあった分教場にも御真影は飾られていたものの、それを拝むようにと先生から命じられることもなかったという。周縁に位置する水納島にまでは、軍国主義は及んでいなかったのだろうか。あるいは、中心からはほとんど認識されていなかったのだろうか――。

 そんな水納島にも、米軍は上陸してきた。日本の部隊が駐屯していないことは把握済みだったのだろう、4月12日の早朝、米軍は特に銃弾を撃つこともなく、静かに上陸してきたという。当時小学3年生だったトシさんは、米軍が上陸してきた日も島に残っていて、アダンの茂みに身を潜めていた。

 「あの当時はラジオもなくて、いつ戦争が終わったというのもわからなかった」とトシさんは振り返る。

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筆者

橋本倫史

橋本倫史(はしもと・ともふみ) ノンフィクションライター

1982年、広島県東広島市生まれ。著書に『ドライブイン探訪』『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場の人々』『東京の古本屋』。最新刊は『水納島再訪』(講談社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」、JTAの機内誌『Coralway』で「家族の店」を連載中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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