旧来メディアのゲート・キーパー、議題設定機能と両立しない「プラットフォーム」
2022年07月08日
海外では報道メディア界の急激な構造転換が進んでいる。莫大な資金力と最先端の技術力、破壊的な創造力と強力なリーダーシップを兼ね備える異端な企業から報道メディア界への新規参入が相次ぐ。
マス・メディア時代からネット・メディア時代への移行はほぼ完了し、これまでジャーナリズムを先導してきた新聞社やテレビ局といったマス・メディア企業の多くは防戦を強いられるのみである。この過程で報道の流通や表現の様式の量的かつ質的なコンバージョンを伴う。
これまで一世紀以上の年月を重ねて昇華してきた報道の記事や写真のスタイルが突然陳腐化する一方、そのコンテンツが予測不能な形態にデフォルメされ、思いもよらぬ角度から市民社会に伝達される。これは、マス・メディアがこれまで存在意義の拠り所としてきたゲート・キーピング機能やアジェンダ・セッティング機能が破壊されることを意味する。これが報道メディア界の脱中心化と個人化の本質となろう。
今回は米国の起業家、イーロン・マスク氏が買収したTwitter社に焦点を当て、個人化と脱中心化による報道メディア界への新規参入について述べていきたい。
宇宙開発企業のスペースXや電気自動車企業のテスラの創業者として知られる米国の起業家で大富豪のイーロン・マスク氏が2022年4月、ソーシャル・メディア大手Twitter社を約5兆6000億円で買収することを明らかにした。買収後は同社株の上場廃止をし、非公開企業とする考えを示した。
Twitterは140文字の短い文章が投稿できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で、2019年度のユーザー数は全世界で約3億3000万人、日本国内では約4500万人と世界中で浸透している。また2020年度の1日あたりの収益可能な利用回数が1億9200万回、年間の売上高が約3億7100万ドル(約5兆円)と、収益力も高い(Twitter, 2019; Twitter, 2020)。
これらユーザーの中で、例えば米国のバラク・オバマ元大統領には1億1800万人、ドナルド・トランプ前大統領には8000万人、それぞれフォロワーがいる。これらの数字は国内の大手新聞の発行部数を遙かに上回る。つまり、個人がSNSを通じて不特定多数に多大な影響力を持つ可能性があることを意味する。
SNSを利用した報道ではこれまで、事件事故や災害の現場の写真や動画などビジュアル面で主に活用されてきた。これに加え、要人自らの発言といった文字情報でも影響力を拡大している。トランプ氏は報道メディアを介さず、Twitterを通じて政策など自らの考えを表明することが多く、そのアカウント自体が報道メディアと同等、場合によっては凌駕する影響力を示していた。また、国内外の報道メディアやその部署もTwitterにアカウントを設け、速報や自社サイトへの導線に利用している。
マスク氏は買収にあたり「Twitterは世界の言論の自由の基盤になりうるが、今のままではその社会的責務を果たせず、変わらなければならない。私が会社の潜在的可能性を引き出す」「Twitterは事実上の町の広場のようなものになっているのだから、法律の枠内で自由に発言できるという現実と認識を人々が持つことが本当に重要だ」などと強調した(NHK, 2022)。
トランプ前大統領は報道メディア向けの記者会見を開かずに、Twitter上で国家政策等を投稿してきたことで知られる。これらには重大なニュース価値のある発言が含まれ、報道メディアはこれを引用して報じてきた。
また、マスク氏自身も米国証券取引委員会(SEC)に対して優先的に適時開示すべき情報をTwitter上に投稿することもあった。これは、報道メディアが中抜きされた情報の発信者と受信者という個人間の直接的なコミュニケーションであると同時に、SNSがメディア界を個人化・脱中心化させる状況を示している。
2021年に起きた米国会議事堂襲撃事件の後、Twitter社は暴力を助長するかのような投稿をしたトランプ氏のアカウントを凍結した。これは、公共の言論の場として機能していたTwitterというSNSが、それを運営する一私企業であるTwitter社によって民主主義的な手続きを踏まずに規制されたという見方もできる。マスク氏は買収後、
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