「親安倍」「反安倍」の不毛な二極対立は、民主主義を一層劣化させる
一つの「刑事事件」として扱い、動機と背景の冷静な解明を
郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
7月8日正午頃、安倍元首相が街頭演説中に銃撃され、同日夕刻、亡くなられた。
私は、森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題など、安倍首相をめぐる問題が表面化する度、私独自の視点で、安倍氏を厳しく批判してきました。まさに、私にとって、言論で戦い続けてきた最大の権力者が安倍氏だった。今は、政権の座から離れているが、いずれまた政権に復帰してくる可能性もあり、今後も、私の「権力との戦い」の相手だと思っていた。まだまだ批判し、戦い続けたかった。それだけに、私にとっても、安倍氏の突然の死去は衝撃であり、言いようのない喪失感を味わっている。
安倍晋三氏のご冥福を心からお祈りします。
事件を受け、参議院選挙最終盤にもかかわらず、史上最長の在任期間を誇った元首相の突然の死去の報道一色となったが、この事件のマスコミの受け止め方、取り上げ方には、疑問な点が多々ある。
今回の事件の発生直後から、
「言論を暴力で封じ込める行為」
「自由な民主主義体制を破壊する行為」
などの言葉が、当たり前のように使われていることには違和感を覚える。
参議院選挙の投票日の2日前に、その参議院選挙の応援のための街頭演説を行っていた最中に起きた事件であり、それが、選挙に多大な影響を生じさせたことは間違いない。
しかし、犯罪の動機が、選挙運動の妨害などの政治的目的であったとする根拠は、今のところない。選挙期間中の街頭演説中の犯行だったことだけで、犯行の政治性や、選挙との関連性を決めつけた見方をすることは、逆に、選挙や政治に不当な影響を与えることになりかねない。そのような見方は、逆に、本件が政治的目的によるテロであるかのような誤解を生み、模倣犯の発生につながる可能性もある。

事件の直前、近鉄大和西大寺駅前で演説する安倍晋三元首相=2022年7月8日午前、奈良市
ここで、間違いなく言えることは、今回の安倍氏殺害は、「選挙期間中に選挙の街頭演説中の政治家が被害にあった」という特異性はあっても、あくまで「1件の刑事事件」だということだ。被疑者は、今後、刑事訴訟法の手続にしたがって、証拠取集が行われ、起訴され、刑事裁判で判決が言い渡されて処罰されることになる。
そして、最終的には、刑事裁判での事実認定によって、この安倍元首相殺害事件というのが、どのような動機・目的で行われた事件だったのかが明らかになる。
宗教団体への恨みが引き金か
逮捕された山上徹也容疑者は、警察の取調べに対して、特定の宗教団体の名前を挙げて、
「恨みがあった。団体のトップを狙うつもりだった」
「(安倍氏が)団体とつながりがあると思った」
「母親が(この宗教団体の)信者で、多額の寄付をして破産したので、絶対に成敗しないといけないと思っていた」
と供述しているとのことだが(読売)、そうであるとすると、政治的目的はなく、個人的な恨みを動機とする犯行を行うにあたって、それが可能だと考えた現場が、たまたま選挙演説の場だったことになる。

山上徹也容疑者はSPらに確保された=2022年7月8日、奈良市
仮に、動機が、「特定の宗教団体に対する恨み」であったとして、その恨みを安倍元首相に向ける理由があったのかどうかは別の問題だ。
しかし、2021年9月17日に、全国の弁護士300名からなる「全国霊感商法対策弁護士連絡会」が、特定の宗教団体について、
信者の人権を抑圧し、霊感商法による金銭的搾取と家庭の破壊等の深刻な被害をもたらしてきた問題について、国会議員や地方議員が特定の宗教団体やそのフロント組織の集会・式典などに出席し祝辞を述べ、祝電を打つという行為が目立っており、宗教団体に、自分達の活動が社会的に承認されており、問題のない団体であるという「お墨付き」として利用されている
として、安倍晋三衆議院議員宛てに公開抗議文を送付していた事実がある。
「特定の宗教団体」によって親族が深刻な被害を負ったことを、安倍元首相への恨みに結び付けることも、考えられないことではない。
いずれにしても、本件の犯行動機が何なのかは、今後、刑事事件の捜査・公判を慎重に見極めていかなければならない。