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【反響】障害者と創る未来 という言葉が、うーん、、嫌です。

連載「〈障害者〉と創る未来の景色」への反響

吉岡章子

怖いけれど、素晴らしい。どうか、、、生きてね。

拡大あきちゃんのやさい(筆者提供)
 この様な記事を読んで、考えて、これをきっかけに、じゃあ自分には何が出来るのか…
 そう考えて、実際に動くって、語るって、前に出るって、言動に責任持つって怖いこと。
 でも、もっと怖いのは、自分を信じられず、自分なんてと自分も自分の可能性も否定して生きること。

 怖いんですよ。生きるって。
 でも、素晴らしいんですよ、生きるって。

 生まれてこれない命だって、生き続けられない命だってある中で、ただ生きている。奇跡じゃん。

 だからこそ、この世の中に、『吉岡章子』として訴えたい。

 『あなたが生きている、それだけで価値がある』

 どうか、、、生きてね。
 レッテルや肩書き、まわりの声に惑わされず、生きてね。

 これがわたしの『論』です。

わたしも怖いのです。


 【三谷雅純さんの応答】

 他の方も加わることを期待して、論の輪に入れていただきます。

 吉岡章子さんは「動くって、語るって、前に出るって、責任持つって怖いこと」と書いておられます。実のところ、わたしも怖いのです。怖くてしかたがありません。何が怖いかというと、自分の思いを文章に書くことです。吉岡章子さんにこの応答を書いている今も怖いのです。

 皆さんに分かっていただこうとして、毎回、書くのですが、実のところなかなか分かってはくれません。たいていは、本心を隠した当たり障りのない褒め言葉であったり、そうでなければ誤解に基づいた反論であったりします。それでも、わたしが書き続けているのは、中にはわたしの文章の意味を理解した上で、その人なりの別の見方を示してくれることがあるからです。そのような応答はわたしに新しい世界の見方を教えてくれます。文章のうまい・へたは関係ありません。

 人は他人のこころが分かりません。なぜかというと人にテレパシーがないからです。他人のこころが分からないということは、人は本質的に孤独だということです。一番身近なはずの家族でさえ、その感じ方や考え方は、本当は分からないのではないでしょうか。

 人は少数者を嫌います。それは少数者の感覚が理解しにくいからだと思います。何を考えているのか分からないと多数者は言います。反対に、人は多数者のものの見方に触れて心地よく感じます。多数者が同じ考えだと思えれば安心していられるからだと思います。

 それでも人は人を求めます。人の考えが分からないにも関わらず、人は群れようとします。少数者も人を求めます。自閉スペクトラム症の方のように孤独であるように見える人も、こころの奥深くでは人を求めています。

 先程わたしは「わたしの文章を理解した上で、その人なりの別の見方を示してくれる」と書きました。また「新しい世界の見方を教えてくれ」るとも書きました。考えてみれば、このことも、わたしが良いように誤解しただけかもしれません。しかし、新しい考え方に気が付いたのは事実です。枯れたような幹から芽を出すということも、あるのだと信じています。

「その肩書いる?」に、どきっとして。


 【松下秀雄の応答】

 「その肩書いる?」という言葉に、どきっとしました。

 私は「朝日新聞の松下秀雄」や「論座の松下秀雄」ではなく、ただの「松下秀雄」として、自分の言葉や行動に責任を持ち、自分と自分の可能性を信じ、動くことができているのか? そう問われているように感じたからです。

 立場や肩書があるから、できることもあります。だったら、その立場や肩書をめいっぱい活用して、やるべきことをやればいい。本気でそう思っています。

 でも、ほんとうにそれだけなのか? 立場や肩書に守られていない自分に自信がなく、裸で投げ出されるかのように頼りなく感じられて、怖がっていないか? ……さらに問われると、違うと言い切ることのできない自分もいます。

 だから、ひょっとしたら吉岡さんの意図とは違うかもしれないけれど、私は私なりに、次のくだりに共感したのです。


 怖いんですよ。生きるって。
 でも、素晴らしいんですよ、生きるって。


 吉岡さんからいただいた写真を拝見して、土に触れながら、確かに生きている姿をみたような気がしました。


 せっかく生きているのだから、素晴らしいと思える生をおくりたい。そう思ったのです。

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