競争優位の政治報道を中核に「選択と集中」「スクラップ・ビルド」を断行
2022年07月30日
記者クラブ制度などの参入障壁が存在するうえ、値引き販売を禁止する「新聞の特殊指定」による保護産業的な色彩が濃い日本国内の報道メディア業界と異なり、米国の報道メディア業界は完全競争市場的で新陳代謝が激しい。
2008年には名門紙「ロサンゼルス・タイムズ」や「シカゴ・トリビューン」などを傘下に持つメディア・コングロマリットのトリビューン社が倒産した一方、その頃から高級紙としてしられる「ニューヨーク・タイムズ(NYT)」紙を発行するNYT社やWall Street Journal紙を発行するNews Corporation (ニューズ社)は業績を一段と伸長させている。報道メディア界から退場を余儀なくされる企業もあれば、そこに新たに参入してくる企業もある。
前回のTwitter社の事例に引き続き、今回も報道メディア界への新規参入事例として、米国Amazon社の創業者、ジェフ・ベゾス氏による米有力紙のワシントン・ポスト(以下、WP)紙を発行するWP社の買収劇とその後の展開について述べていきたい。
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伝統的な報道メディア企業であるNYT社や、メディア・コングロマリットとして君臨するNews社とは異なり、ベゾス氏率いるWP社の競争戦略はデジタル・トランスフォーメーション(DX)を活用した企業再生という点で異彩を放つ。
ここでは「選択と集中」と「スクラップ・ビルド」、デジタル時代の「規模の経済」、そして、「水平的分業とモジュール化」のそれぞれに注目して、報道メディア業界への新規参入としてWP社を分析していく。
米国企業のAmazon社は世界的なネット通販大手として知られる。それはAmazon社の一側面でしかない。他にもクラウドコンピューティング、デジタルストリーミング、人工知能(AI)、そしてメディア事業を手がける総合的なテクノロジー企業である。メディア事業の展開では、書籍の出版と流通、映画と動画番組の制作と配信と広範囲に及ぶ。そして、ベゾス氏個人が買収したWP社という新聞事業がある。
つまり、ベゾス氏率いるAmazon社とWP社を合わせれば、巨大なメディア・コングロマリットとしての側面が浮かび上がる。このような組織がいかにして誕生したのか、まずはその系譜から観ていきたい。
ベゾス氏は米国名門プリンストン大学でコンピューター・サイエンスと電気工学を修めた後、ニューヨークのヘッジファンドと金融界入りした。その後、両親から30万ドルの融資を受けて1994年、米国北西部ワシントン州ベルビューにある借家のガレージにAmazon社を設立した。弱冠30歳が最初に選んだビジネスは「地球最大の書店」を売りにしたオンライン書店であった。
1997年には米国ナスダック市場に上場し、様々なメディア事業を展開していった。2000年には日本語サイトで書店、翌2001年には「音楽」「DVD」「ビデオ」の販売サイト、そして2002年には大規模なネット通販サイト「マーケットプレイス」にまで拡大した。
オンデマンドの映画配信事業は2006年に開始され、その後に現在の「プライムビデオ」に至る。ここでは映画やテレビの連続ドラマ、スポーツ中継などがある。2022年には米国大手映画会社、Metro Goldwyn Mayer(MGM)社を84億5000万ドル(約9200億円)で買収した。この事業は当初、英国、日本、ドイツ、オーストリアで展開していたが、2016年には中国やロシアなど除いた世界的に展開することになった。
また、スポーツ中継はマス・メディア企業の収益の柱の一つとして知られる。Amazon社は英国ではサッカーのプレミアリーグ、インドではクリケット、オーストラリアではラグビーとそれぞれの国の人気スポーツのライブ配信を行い、国内でも2022年にボクシングのライブ配信を開始した。さらに、Amazon社は出版事業にも進出している。2007年には電子書籍リーダーの「キンドル」と電子書籍販売サービス「キンドルストア」を開始した。ここでは個人出版も展開している。
Amazon社の2021年度の売上高は前期比21.7%増の4698億2200万ドル(約51兆2105億9800万円)、純利益は同56.4%増の333億6400万ドル(約3兆6366億7600万円)に達した。セグメント別では主力のオンライン通販の売上高が前期比12.5%の2220億7500万ドル(24兆1980億円)、クラウド・コンピューティング・システムのAmazon Web Service(AWS)が同37.1%増の622億200万ドル(6兆7798億円)、「プライム」年会費、オンラインビデオや電子書籍などのサブスクリプション事業が同26.0%増の317億6800万ドル(3兆4629億円)だった。このうち「プライム」の会員数は全世界で2億人超となった(Amazon, 2021)。
こうしてみると、Amazon社はネット通販の巨大産業であるばかりか、世界最大のオンライン書店を軸に、映画や出版、スポーツ中継や音楽番組といった伝統的なメディア・ビジネスをネット上で大々的に展開している。
ちなみに朝日新聞社の2021年3月期の連結決算では売上高が前期比16.9%減の2937億円、純損益が441億円の赤字であった(朝日新聞社, 2021)。これらから、Amazon社のメディア関連事業は朝日新聞社グループ全体の10倍以上の収益力があることが分かる。こうしてみると、Amazon社の巨大なメディア・コングロマリットとしての横顔が浮かび上がる。
世界的な「メディア王」、ルパート・マードック氏率いるニューズ社はメディア・ビジネスに特化した形態で発展してきたのに対して、Amazon社は広範囲かつ相互にシナジー効果が期待できるネット・ビジネスの中からメディア事業も拡大してきたことが見て取れる。Amazon社の場合、事業ポートフォリオが多様で経営危機への耐性が高く、一事業の収益が悪化した場合でも他の事業がそれを支えることが可能となる。ただし、Amazon社の場合、報道メディア事業はグループ内に含まれなかった。
2013年、Amazon社の創業者、ベゾス氏個人が米国有力紙のWP紙を発行するWP社を2億5000万ドル(約250億円)で買収した。これはインターネット対応に遅れ、業績が急激に悪化していた同社を異業種のハイテク企業がテコ入れし、急速に業績を回復させた事例である。本稿ではこれを報道メディア業界への新規参入として捉える。
1877年に創刊されたこの伝統紙を発行するWP社は、国内の新聞社にありがちな硬直的な企業体ではない。新陳代謝激しく、これまで幾多の経営危機を乗り越え、時代に応じてビジネス・モデルを変化させてきた。次に、ベゾス氏による買収以前のWP社のコア・コンピタンスについて観察していきたい。
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