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安倍元首相が銃撃され殺害された日。これは一体何なんだ

[7月2日~7月8日]安倍元首相銃撃事件、自民党本部、官邸、富ヶ谷……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

7月2日(土) 『報道特集』のオンエア。前半は参議院選挙に絡めて争点のひとつとなっている物価高。その物価高で苦しんでいる人々の声を聞く。子育てをしながら配送業で働く若いお母さんの密着リポートをみて、いろいろなことを考えさせられた。オンエア後、Sより相談を持ちかけられ、その後、新宿で話の続きを聞く。そこへもうひとりのSもやって来た。こうして人はつながっていく。

7月3日(日) 朝、プールへ行って泳ぐ。その後、午後から日本メディア学会の連続研究会の4回目に参加する。今回のスピーカーは、NHK沖縄放送局の西銘むつみ記者。NHK沖縄にこの人ありと言われるほど、生まれ故郷の沖縄に根を張って取材を続けている人物だ。

筆者提供筆者提供

 報告はきわめて実践的な内容だった。沖縄戦。語らない期→語る期→語りたい期→語れない期→語る人がいない期。悲惨なものをみせない「平和学習」とは。センセーショナリズムに走り、何が新しくて何が新しくないのかを厳しく吟味しない風潮。変わらないことを伝え続けていく勇気。県内と県外。沖縄と本土。沖縄を沖縄で報道する者は何を考えて取材しなければならないのか。その原点に触れたような研究会だった。こういう試みは、終わった瞬間に本当にやってよかった、と思うのだ。

 20時から神保町界隈の不快事をめぐるオンライン会議。先方の態度に深い絶望感。

7月4日(月) 雑誌『クレスコ』の原稿。校則をめぐる最高裁の判断について。地毛が茶色の生徒に黒に染めろと迫る校則について、最高裁が学校側の裁量権を是認する、つまり校則で黒く染めろはOKという判断を示したという噴飯ものの決定について書く。『GALAC』のウクライナ報道をめぐる論考の原稿。

 午後4時半から早稲田のゼミ授業。大阪MBS(毎日放送)の斉加尚代ディレクターのドキュメンタリー映画『教育と愛国』をめぐって。この映画はたたかっている。今のMBS内外の状況を考えれば、おそらく孤立無援に近い壮絶なたたかいを経た結果の作品なのだろう。そのことが何だか手に取るようにわかる。東大名誉教授の伊藤隆氏とのオンカメラ・インタビューを、適度の歳月を隔てて二度にわたって敢行していることがものすごく貴重である。ちなみにMBSは参院選翌日の選挙特番のコメンテーターに橋下徹氏を配することをすでに決めているとか。漂流感覚。

 20時から神保町界隈の不快事をめぐるZoom会議。全く展望、開けず。この社の歴史に汚点として刻まれるだろう。あしたの沖縄の宿、ネットで最安値の場所に予約。1泊5672円也。

ウクライナから沖縄へ、沖縄から世界へ

7月5日(火) 朝一番の便で沖縄へ。沖縄は梅雨が明けて、空港にたくさんの人々が降り立っていた。驚いたことにレンタカーの窓口には「車はありません=Sold Out」の紙が貼りだされていた。タクシーの運転手さん曰く「ようやく人が戻ってきたねえ」。『報道特集』の定例会議に宿舎のロビーからオンライン参加。

筆者提供NHK WORLD─JAPANのサイトより=筆者提供
 宿舎向かいにあるスーパー「サンエー」の食堂に入ったら人、人、人で溢れていた。儀式のごとく沖縄そばを食べてから、午後、沖縄国際大学の授業。フリーランスの土江真樹子ディレクター取材・制作の『NHKワールド』の作品をめぐっての討論。ソ連崩壊からまもなくして、ウクライナを離れ、さまざまな変転を経て、沖縄へと移住してきたカタリン・ホンマさんを描いた短編。

 カタリンさんは糸満在住。ニンジンパンをつくっている。この場所、沖縄を第二の故郷と語る。急遽、土江さんにZoomで授業にリアルタイムで参加いただく。映像で描かれていない背景を知ることで、この作品の価値がさらに理解できた。土江さんに感謝!

 この沖国大の授業には、ウクライナ東部から沖縄に避難してきたディアーナ・メドヴィードワさんに来てもらったことがあるが、彼女の近況でいい知らせがあった。沖縄から発信することを考えていると。何とオンラインで世界に散らばっているウクライナ避難民の子どもたちのための「授業」を行う計画をたてているというのだ。もともと小学校の教師だったのだから、十分に可能だろう。

 夜、沖国大の学生有志たちと交流会。沖縄の若い世代の考えを聞くのは楽しいし、半世紀も年齢が隔たっているからこその驚きもある。相手にとっても同様だろう。

 次の日曜日の参議院選挙・沖縄地方区のゆくえが気にかかるが、伊波洋一陣営の古色蒼然たる選挙戦のスタイルと、SNSを駆使した古謝玄太陣営のキャッチ―な戦い方の落差に、暗澹たる気分に陥っていることは否定しようがない。問題は、伊波陣営の多くがそのことに気づきもしていないということだ。

「倫理的な軍事占領などあり得ない」

7月6日(水) 朝の便で東京戻り。12時25分羽田着。あした『報道特集』の選挙特集で斎藤幸平氏へのインタビューが設定される。よかった。雑誌『arc』の原稿校正。

 土井敏邦さんの映画『愛国の告白―沈黙を破る・Part2―』をみる。イスラエル軍によるパレスチナ人の住む土地の「占領」「強奪」(時には入植という言葉が使われる)に直接関わったイスラエル軍元兵士たちが、口々にこの「占領」は正しくない、苦痛であるということを延々と告白している。ある意味では単純な構成のドキュメンタリー作品だが、その意味するところは実に重い。イスラエルの兵士たちがパレスチナ人居住区の行動を記録したプライベート映像が痛ましい。これは人間のやることか。「倫理的な軍事占領などあり得ない」。

 この映画をみながら考えたことは、これはパレスチナに対する軍事占領、支配、暴力の物語であるばかりか、私たちの国、日本の物語でもあり、ロシア軍に侵攻されているウクライナの物語でもあり、さらにプーチンのロシアにおいて、反戦・非戦の声をあげている人々をめぐる物語でもあるということだ。

 夕刻、富山の病院から電話入る。

7月7日(木) 神保町界隈の不快事でまたもやドタバタ。TBSのOBで某女子大で教鞭をとっていたO氏が警視庁に準強制わいせつ容疑で逮捕されたとのこと。一体何やってんだか。14時30分からコロナのワクチン4回目の接種。

 その後、四谷で斎藤幸平さんへのインタビュー。斎藤さんと会って話をするのは久しぶり。この4月から東大に移っていたことさえ知らなかった。てっきり大阪だと思っていた。若者の政治離れという言説の奥にあるもの。ジェネレーション・レフト。岸田首相の掲げる「新しい資本主義」の古めかしさ。選挙は政治参加のごく一部にすぎないが、軽視してはダメ。

 聞きたいことは山ほどあったが、流れに任せた。とても面白かったのだが、ちょうどインタビューが終了した時刻に、イギリスのジョンソン首相が辞任の意向を固めたとのニュース速報が入ってきた。それで慌てて帰りかけていた斎藤さんをひきとめて、その感想まで聞いてしまった。何というドタバタぶりか。そのまま自由が丘まで斎藤さんを送っていく。

藤幸平さんと  「金平さん、表情硬すぎますよ」とNディレクターに言われて撮り直したわ斎藤幸平さん(左)と筆者
斎藤幸平さん(左)と筆者。「金平さん、表情硬すぎますよ」とNディレクターに言われて撮り直したわ「金平さん、表情硬すぎますよ」とNディレクターに言われて撮り直した

 大工哲弘さんがNHKの朝ドラ『ちむどんどん』に出演していたとか。家人が騒いでいた。季刊『未来』の夏号に目を通していたら、上村忠男氏の長期連載「独学の思想」が完結していた。さらに、野沢啓という人が、八重洋一郎の詩「日毒」について記していた。孤高の営為というものがある。

雑誌『未来』夏号 撮影筆者雑誌『未来』夏号=撮影・筆者
同

何という一日だ

7月8日(金) ストレスが極限に近くなり、朝一番でプールに行き泳ぐ。自宅に届いていた札幌「シアターキノ」からの30周年記念本『若き日の映画本』に目を通す。なかなかいい感じの本になっている。癒やされる。午前10時24分の計測。最高血圧100。最低血圧58。脈拍数94。体重71キロ。

 局に向かう最中にその第一報が入った。安倍元総理が撃たれた。ええっ? 何だって。一瞬、誤報かと思った。パンクの音とか不規則な爆発音のようなことを聞き違えて、どこかの記者が一報してしまったのではないか、と。だがその考えは一瞬にして吹き飛んだ。

 局に向かう電車の中で、NHK奈良放送局の及川佑子さんという女性記者が自らビデオ撮影していた映像と共に、奈良放送局の上司に報告している音声がほぼ元のまま報じられているのをみて、安倍元総理が撃たれ、どうやら被弾して非常に危険な状態にあるらしいことはすぐに把握できた。

事件の直前、近鉄大和西大寺駅前で演説する安倍晋三氏=2022年7月8日午前11時30分、奈良市事件の直前、近鉄・大和西大寺駅前で演説する安倍晋三氏=2022年7月8日、11時30分、奈良市
安倍元首相を銃撃し、取り押さえられる山上徹也容疑者=2022年7月8日午前11時30分、奈良市安倍元首相を銃撃し、取り押さえられる山上徹也容疑者=2022年7月8日午前11時30分、奈良市

 お昼から夜まで入れていた予定を全部キャンセルして局に向かい、正午過ぎに『報道特集』のスタッフルームに到着した。

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