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院内学級を拡充し、重病児一人ひとりに対応した「学び」の機会を

我が子の闘病体験から見た希望と課題

西郷南海子 教育学者

図工室と図書室と音楽室が一緒に

 私ごとで恐縮だが、本年1月、筆者の第3子(小2)が重い病気を発症した。本人への正式な告知がなされていないので、病名を記すことは避けるが、まさに青天の霹靂であった。タクシーでも行ける距離の病院から次の病院へと移動するときには、救急車が呼ばれ、母親である筆者にも何か大きなことが起こっているのがわかった。その日のうちに複数の検査を行い、夜には筆者への告知がなされた。

 泣いている暇もなく、諸々の手続きが始まった。その中で、早い段階で行われたのが、当時通っていた小学校から、病院内の「院内学級」(分教室)へ転校する手続きだった。外から見えないが、こんなところにも学校があるのかと、教育学を研究してきた立場からも感心してしまった。先生たちとの面談も行われ、子どもの特性や、親としてどういう教育を望むのかを話し合う場が持たれた。

 院内学級を見渡すと、様々な学年の子どもたちが描いた絵が貼られ、本もたくさんあり、あちこちに楽器が置かれていた。図工室と図書室と音楽室が一緒になっているのだ。通常の小学校にはない、いい意味での「ごちゃごちゃ感」に期待を持った。

 「もしかしたら、ここでは離島のようなインクルーシブな教育が受けられるかもしれない。人口150万人近い大都会・京都市に住みながら、『僻地』に留学しにきたと思うことにしよう」

 先の長い闘病に心が折れそうになっていた筆者は、少しでも前向きなことを見出そうと、そう自分に言い聞かせた。


筆者

西郷南海子

西郷南海子(さいごうみなこ) 教育学者

1987年生まれ。日本学術振興会特別研究員(PD)。神奈川県鎌倉市育ち、京都市在住。京都大学に通いながら3人の子どもを出産し、博士号(教育学)を取得。現在、地元の公立小学校のPTA会長4期目。単著に『デューイと「生活としての芸術」―戦間期アメリカの教育哲学と実践』(京都大学学術出版会)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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