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有田芳生さんが言う「空白の30年」の重み

[7月18日~7月25日]山口広弁護士、赤木雅子さん、有田芳生さん……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

旧統一教会のカルト性を伝承し損なった責任

7月19日(火) 午前中『報道特集』の定例会議。オンラインで参加。旧統一教会についての基本的知識に相当な落差があることを知り、正直、衝撃を受けたが、そのことの意味をよくよく考えてみれば、1980年代から霊感商法や合同結婚式で社会問題化したこの教団のカルト性を、後続の世代に伝承し損なったという、僕ら及びそれ以上の世代の責任という問題が浮かび上がってくる。

 午後一番の便で沖縄へと向かう。沖縄国際大の授業、今日が前期の最終回となる。安倍元首相銃撃事件の余波。統一教会のことを今の若い世代は知らない。歌手・桜田淳子の合同結婚騒ぎのことも知らない。霊感商法のことも知らない。だから、彼ら彼女らにとっては、僕が講義で話す事柄は初めて聞く話が多いのだという。前期の授業はいろいろと試行錯誤を重ねてきたが、総じて学生たちの反応は徐々に良くなってきたように思う。力を尽くせば必ず通じる。

 そのまま18時30分からメディア学会関連のオンライン打ち合わせ。その後、お世話になった学生のTAさんたちと「骨汁」を出しているお店で腹ごしらえ。このTAさんたちには本当に助けられた。

 神保町界隈の不快事、きのうの段階で精査を重ねた9月号用の原稿2本が出そろったが、その後の神保町界隈の対応で、事実上今日をもって、彼のもとにある限りその総合誌と決別することとなった。この時点での最悪の展開だが、ジャーナリズムのありようを問うてきた「メディア批評」の営為を14年以上続けてきた精神をここで潰えさせてはならない。

7月20日(水) 宿泊しているホテルのプールに朝一番で出かけてみたら、先客が一人いるだけで空いているではないか。ここで泳がない手はない。すぐに部屋に戻って海水パンツに着替えてひと泳ぎ。気持ちがいい。お天気も晴れている。

 その後、お世話になった元RBC(琉球放送)カメラマン大盛伸二さんの3回忌を前に、ご実家にお線香を手向けにうかがった。大盛さんの奥様とお兄さんと共に故人を偲んだ。大盛さんの生前の最後の写真展でも使われた「象の檻のフェンス内をさまよう野犬」の写真がラベルになった泡盛ボトルを3回忌弔問者用にわざわざつくっておられた。こころのなかで涙がながれる。

大盛伸二氏3回忌で配布された特製泡盛ボトル拡大大盛伸二氏3回忌で配布された特製泡盛ボトル=撮影・筆者

 その後、県庁方面の取材が立て続けに入る。沖縄県議会→沖縄県庁→沖縄在住のジャーナリスト→県立博物館F氏とめまぐるしい動きとなった。F氏がかつてTBSの堀川とんこうさんと一緒に働いていた経験があることを知る。

 18時からメディア学会部会の打ち合わせ、オンラインで。21時那覇発の便で羽田に戻る。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七つ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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