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五輪汚職 高橋容疑者は「張り子の虎」だったのか

その姿を実際以上に大きく見せたのは電通時代の「遺産」と「組織委理事」の肩書

増島みどり スポーツライター

 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職で、受託収賄容疑に問われた五輪組織委員会元理事・高橋治之容疑者(78)と、贈賄容疑に問われた五輪の協賛企業として公式服装を担当した紳士服大手の「AOKIホールディングス」前会長・青木拡憲容疑者(83)ら計4人が8月17日、東京地検特捜部に逮捕された。

公式服発表拡大2020東京五輪・パラリンピックの公式服発表会で関係者と記念撮影するAOKI前会長の青木拡憲容疑者(右から4人目)=2020年1月23日、東京都千代田区

同じ日のニュースに並んだ二つの記事

 18日付の新聞やネットニュースでは、アスリート、関係者が全身全霊で臨む五輪に、心からの敬意を持ってデザインを提供した世界的デザイナー・森英恵さんの死去を伝える記事と、金銭授受でその舞台を貶めた人々の記事が掲載されていた。

 1964年の東京五輪で日本選手団が着用した公式服は、「ブレザーは赤で三つボタン。パンツとスカートは白。ネクタイは赤と黒」と定められ(日本オリンピック委員会服装委員会による)、真っ赤なブレザーと白のボトムは日本選手を象徴するカラーとなった。スカートの丈や、白と赤の比率が多少変わったものの、シンプルなデザインも色使いも大きく変化はしなかった。

拡大森英恵さんがデザインした1992年バルセロナ五輪の日本選手団公式服。左に行進風景の写真が見える=2020年2月、水戸芸術館現代美術ギャラリー

 その歴史を、1992年バルセロナ五輪で、初めて世界的なデザインを提供した森さんが新たな時代へと一新した。当時の取材で「日本を代表して国際舞台に立つ皆さんに着ていただく服。世界にアピールし、私も一緒に行進をさせていただく気持ちで作りたい」と聞いた。発表されたウエアの右肩に「ライジングサン」として太陽が描かれ、パリで高級注文服を扱うトップデザイナーの日本への思い、新鮮なデザインが世界的に注目された。

「勝利のスーツ」で注目を集めたAOKI

 そして、森さんの登場によって他国でもトップデザイナーたちがこぞって五輪の行進を特別な「ランウェイ」と捉える流れが生まれ、同五輪では三宅一生氏のデザインをミズノが製作する「日本のタッグ」でリトアニアに公式服を提供。五輪のウエアをスポンサー企業が提供する新たなマーケティングが確立され、現在に至っている。

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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