メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

【64】災害激甚化で低所得者の生命を脅かす「住まいの貧困」

低廉で安全な住宅に移れるための支援充実こそ喫緊の課題

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 韓国のソウル市で8月8日から9日にかけて、記録的な豪雨により大規模な水害が発生した。9日、韓国政府は水害により8人が死亡し、6人が行方不明になっていると発表した。

豪雨のソウル、半地下住宅が浸水し族3人死亡

 ソウル市南部の冠岳区新林洞では、低所得者が暮らす半地下住宅で浸水被害が起こり、40代の姉妹と13歳の少女の家族3人が亡くなるという惨事が起こった。水圧でドアが開けられず、避難できなかったとみられている。隣接する銅雀区でも、半地下住宅で暮らす50歳代の女性が避難できずに命を落とした。

 半地下住宅は1970年代、朝鮮半島有事に備えて各地で建造された住宅の地下室に由来するとされるが、大都市部への人口集中に伴い、低所得者層の住まいとして使用されるようになった。過去にも浸水被害が頻発したため、1998年にソウル市は半地下住宅の新築を禁止したが、韓国統計庁によると2020年時点でも半地下住宅を含む全国の地下住宅に暮らす世帯数は約33万世帯に上るという。

2022年8月8日夜の大雨による浸水で、家族3人が亡くなったソウルの半地下住宅=東亜日報提供拡大2022年8月8日夜の大雨による浸水で、家族3人が亡くなったソウルの半地下住宅=東亜日報提供

 2020年に米アカデミー賞の作品賞など4冠に輝いた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)では、半地下住宅が物語の舞台として取り上げられ、世界的にも格差社会の象徴として注目を集めていた。映画の中でも、豪雨により主人公の一家が暮らす半地下の住居が浸水し、命からがら避難するシーンが描かれている。

「経済的不平等が生存の不平等につながる」と韓国紙

 韓国紙「中央日報」のコラムニスト、ヤン・ソンヒ氏は「韓国語の『半地下』を意味する『banjiha』は韓国的な住宅不平等の象徴であり社会的弱者であるほど災害に弱く、経済的不平等が生存の不平等につながることがあるということを見せる社会的メタファーになった」と指摘した(注1)

 尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は9日、家族3人が亡くなった現場を視察し、その様子をインスタグラムに投稿。被災者を支援するとともに住宅の安全対策を早急におこなうと発信した。

 ソウル市は10日、今後10~20年の間に、半地下住宅での居住を無くしていく方針を発表したが、安全性や居住の快適性よりも家賃の安さを優先して半地下住宅に暮らさざるをえない低所得者の住宅事情を踏まえた有効な支援策が実施されるのかどうか、疑問の声が出ている。

 貧困や福祉の問題に取り組んできた韓国の市民団体、労働組合、障害者団体など169の団体は、8月16日、ソウルで記者会見を開き、「不平等が災害だ」をスローガンに1週間の追悼キャンペーンを始めると宣言した。キャンペーンでは、公営住宅の拡充など居住権の確立と気候変動対策の強化が目標に掲げられている。

 災害の発生時に、安全性の低い住宅に暮らす低所得者や社会的に差別されてきた人たちがより大きな打撃を受けることは、日本でもよく知られている。


筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

稲葉剛の記事

もっと見る