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「不起訴の人権どう守る」35年前の読売記事から、逮捕報道偏重の弊害を考える

熊本日日新聞「不起訴の陰影」企画キャップ・植木泰士記者との対話を通じて③

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 不起訴の理由を検察が明らかにせず、理由不明のまま不起訴を報じるケースが急増している――。それはいったい何を示しているのかを過去2回にわたって記してきた。取材力の激しい劣化も大きく影響しているというのが筆者の見立てである。

初回:「不起訴理由が見えない記事」から見えるもの~名誉回復と権力監視に力を尽くさぬ記者クラブメディア
第2回:「不起訴」の説明責任を果たさない検察と、追及力が劣化した取材現場

 しかし、問題はそこにとどまらない。日本の報道機関が抱えてきた、取材上の構造的な問題。それも浮き彫りになったと筆者は考えている。では、構造的な問題とは何か。3回目の今回も熊本日日新聞で司法キャップを務める植木泰士記者との対話を交えながら、記していく。

起訴・不起訴よりも「逮捕」に比重があった

 「検察は不起訴の理由を明らかにしていない」という決まり文句を付した記事の急増ぶりは、初回の一覧表で示した通りである。新聞横断記事検索が可能なデータベース「G-Search」を使って「地検」「不起訴」「理由」「明らかにしていない」の語句で検索すると、2019年以降は年間2000本以上がヒットする一方、2009年以前のヒット記事は年に数本程度しかない。

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 では、かつての不起訴記事は理由を明示できていたのだろうか。

 G-Searchを使って筆者がざっと眺めたところ、ほとんどの記事は「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」の区分を明示できている。報道機関の取材に対し、検察は不起訴理由をきちんと説明していたのだと思われる。

 筆者の経験もそうだった。

 古い話になるが、筆者は1990年代半ば、北海道新聞の記者として札幌で2年ほど司法キャップを務めていた。その頃の取材で次席検事らから「不起訴理由は明かせない」と言われた記憶はほとんどない。

 もっとも、「不起訴理由が不明」記事が少なかった背景には、事件報道が逮捕時に著しく偏重し、起訴・不起訴はそもそもメーンの取材対象になっていなかった実態がある。凶悪事件や社会的に注目を集めた事件は別として、ほとんどの事件報道は「逮捕」を伝えて終わっていた。

 筆者の経験も同じである。逮捕時に容疑者を実名報道した事件について、起訴・不起訴を1件ずつきちんとフォローし、記事にしていたのかと問われると、「いいえ」と答えるしかない。

 筆者の経験だけでなく、大半の報道機関が同じだったはずだ。警察の発表や捜査情報のリークによって「逮捕」を報じると、取材の目はほどなく次の事件に向かう。警察と検察では別々の記者が担当し、「逮捕」を報じた記者が続けて「起訴・不起訴」を取材するシステムになっていない報道機関も多かった。

 事件報道とは主に逮捕を報じることであり、その先にある起訴・不起訴は取材テーマにならない。公判まできちんと報道する機会はさらに少ない。そうしたことが報道機関の習い性になっていたのである。

 したがって、逮捕は報道されたのに、その先、何も報道されていない事件はゴマンとある。市民にとっては驚くべきことかもしれないが、この傾向は現在もおおむね同じだと考えて間違いない。

 熊本日日新聞の連載「くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影」取材班のリーダー、植木記者もその点を強調している。植木記者との対話では、こんなやりとりもあった。

植木泰士記者拡大熊本日日新聞の植木泰士記者

――検察の不起訴に焦点を当てたこの連載は、どういうきっかけで始まったのでしょうか。何か、特別な出来事があったのでしょうか。

 「逮捕記事は原則、容疑者を実名で報じます。ところが、大きな事件を別にすれば、報道機関は容疑者の起訴・不起訴を長年にわたってきちんとフォローしていませんでした。事件処理の大きな節目なのに、起訴・不起訴を押さえていない。裁判はさらにフォローしておらず、判決も取材していない。だから、逮捕だけが載っていて、その後どうなったかが不明の記事は無数にあったわけです。報道機関として事件の結論を書いていないわけですよね。これでは、不起訴だった場合、容疑者の名誉回復にもなっていません」

――そこを改めようとした?

 「そうです。2年ほど前から熊本日日新聞は、逮捕を報じた事件の起訴・不起訴をきちんとフォローし、不起訴だった場合はそれを記事にするようにしています。前任のキャップやデスクの話し合いでそういう方向になりました。逮捕報道に大きく偏っていた取材姿勢を改めようという試みです。少なくとも、容疑者の名誉回復はしなければならないだろうと」

 不起訴の中には、犯罪の疑いがない「嫌疑なし」も含まれている。逮捕記事で実名を報じながら、その後の経過や不起訴などをニュースしないのであれば、実名をさらされた人はいつまでも世間から犯人視されてしまうだろう。デジタル・タトゥーの問題を抱えるネット空間ではなおさらだ。

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筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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