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既存メディアは記者クラブの参入障壁を壊し、権力への監視力を取り戻せ

熊本日日新聞「不起訴の陰影」企画キャップ・植木泰士記者との対話を通じて④完

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 「検察は不起訴の理由を明らかにしていない」というニュースは、今も増え続けている。ネットニュースの見出しに“謎の不起訴”という文字が並んだこともある。不起訴理由が明らかにならない現状は、検察が不起訴理由を公表せず、報道機関もそれ以上の取材ができない(しない)――という2つが固定化してしまったからだ。

 他方で、それを疑問視する声は大きくない。取材現場の常識にもなりつつある“謎の不起訴”は結局、何をもたらすのだろうか。

初回:「不起訴理由が見えない記事」から見えるもの~名誉回復と権力監視に力を尽くさぬ記者クラブメディア

第2回:「不起訴」の説明責任を果たさない検察と、追及力が劣化した取材現場

第3回:「不起訴の人権どう守る」35年前の読売記事から、逮捕報道偏重の弊害を考える

検察の報道対応は義務ではなく裁量の範囲

 検察が不起訴理由を公表しないのは、刑事訴訟法第47条の「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」という規定に準拠した結果であると解されてきた。犯罪被害者らから要請があった場合は、一定の条件に従って不起訴記録を開示する運用が2000年から行われているが、検察には不起訴理由の公表に関する法的義務はない。

 これに関連し、検事の経験を持つ落合洋司弁護士はネットメディアの取材に答え、次のように語っている。

――どのような事情から不起訴(嫌疑なし・嫌疑不十分・起訴猶予)の理由を公表しないのでしょうか。

 たとえば、嫌疑なしや嫌疑不十分による不起訴では、その判断に至った理由を明らかにすることで、関係者の名誉、プライバシーに影響を及ぼす可能性があります。 起訴猶予の場合は、その理由を明らかにすることで、関係者の行動(たとえば示談に至ったことなど)に批判が寄せられたり、興味本位に取り沙汰されるといった弊害もありえます。 理由を明らかにすることで巻き起こる、作用に対する反作用のようなものを避けたいと検察は考えがちだと思います。

――検察による「国民への説明責任」をどう考えればよいでしょうか。

 (略)刑事事件や、その検察における取り扱い、処分についての関心が、かつてより大きく高まっている中で、慎重さが行き過ぎて広報が不十分になることで、国民の不安、不信が根強く残ったり刑事司法に対する信頼が失われる事態もありえます。 検察広報にあたり、単に消極に終始するのではなく、国民に対して必要な情報は提供するという積極性も求められていることを肝に銘ずべきだと思います。

(2022年7月1日、弁護士ドットコムニュース)

 落合弁護士の説明からも明らかなように、検察の報道対応は義務ではない。起訴や不起訴に関して取材に答えているのは広報業務の一環としてであって、応じるか応じないか、どこまで説明するかなどはすべて検察の裁量で行われている。裁量である以上、検察からすれば報道機関との対応は一種の行政サービスであり、次席検事らが記者クラブ加盟社に対して取材対応することも便宜供与の一環だという論理になる。

 この点は、裁判所も検察と同じだ。

 報道機関側の事前要請などに基づいて、裁判所は判決当日に要旨を報道機関に提供する。これについて裁判所は「便宜供与」との認識をかねてより示しており、記者クラブ加盟社以外には判決要旨を原則提供していない。

 そのため、記者クラブに属さない雑誌記者やフリージャーナリストらはこの特恵待遇に再三、異を唱えてきた(例えば、筆者のブログ「ニュースの現場で考えること」の投稿記事「第二次記者クラブ訴訟と私の陳述書」=2005年4月14日)。

 総じて言えば、検察や裁判所の便宜供与に基づく取材機会に寄りかかっていれば、便宜供与を彼らが拒んだ際、報道機関の取材は立ち往生してしまうのではないかという警告だった。

「便宜供与」に物申しにくい記者クラブ

 熊本日日新聞の連載「くまもと発・司法の現在地/不起訴の陰影」取材班のリーダーを務めた、同社地域報道本部の司法キャップ・植木泰士記者(33)は筆者との対話の中で、この便宜供与にまつわる取材現場の様子も語ってくれた。

 「判決要旨の交付や次席検事などもそうですが、取材機会の制約が非常に多い。ところが、その取材対応を改善してもらおうと(記者クラブ内で)話をすると、必ず、『われわれは便宜供与を受けている立場だからそこまで言うべきではない』という声が出ます。文句を言うのはおかしい、と。取材を文句と同列視する感覚は理解できませんが……」

 不起訴の理由を熊本地検に取材すると、「言えない」「諸事情を考慮した」という答えしか戻ってこない。要するに門前払いだ。そうではなくて、「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」という区分をきちんと説明すべきだと検察側に申し出ると、今度は、他社の検察担当記者たちから苦言が出るというわけだ。

東京高検の黒川弘務検事長=2020年5月21日、東京都目黒区産経新聞記者2人、元記者の朝日新聞社員との賭けマージャン問題で批判を受けた東京高検の黒川弘務検事長(当時)=2020年5月21日、東京都目黒区

 似たようなケースは、おそらく警察取材の現場でも広がっている。

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