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五輪汚職のもう一輪「IOC委員買収疑惑」に及び腰だった日本のメディア〈第2回〉

「時計」で結ばれた高橋治之氏と謎のコンサルタントの「糸」

小田光康 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

得体の知れないタン氏とBT社、背後に電通の影

 五輪招致疑惑の発端は2020五輪招致委設立から約2年たった2013年5月とされる。疑惑の舞台となったのが「五輪招致コンサルタント」のタン・トンハン氏が経営していたシンガポールの「ブラック・タイディングズ(BT)」社であった。シンガポールは租税回避地として知られ、世界的な金融業がアジア圏の拠点を構える。タン氏は国際陸上競技連盟のラミン・ディアク前会長の息子パパマッサタ・ディアク氏と関係が深いとされる。

 ロシア代表陸上選手団のドーピング問題を巡って資金洗浄と贈収賄の疑惑が持ち上がり、ディアク氏は2015年、国際オリンピック委員会(IOC)名誉委員の辞任に追い込まれた12。息子のパパマッサタ氏もリオデジャネイロ五輪招致にからむ収賄容疑でフランス検察当局が起訴した。

 贈賄側のリオ五輪組織委会長のカルロス・ヌズマン氏は2021年11月に、ブラジルの裁判所から禁錮30年の判決を受けている13。五輪招致をめぐる不正は後を絶たない。国内大手マスコミの権力監視が機能していないためか、東京五輪の招致でもそれが繰り返されてしまったのである。

 ディアク親子との関係が指摘されるタン氏の五輪招致コンサルタントとしての実態はナゾに包まれている。シンガポールの音楽学校の事務員だったタン氏は2006年に同地でBT社を設立した。この事務所はシンガポールの老朽化した公営住宅の一室にあった14。こんな風景がまさにペーパーカンパニーの実態を如実に示す。

報道陣に囲まれて法廷へ入るラミン・ディアク被告(中央)= 2020年1月13日 、パリの軽罪裁判所、疋田多揚撮影  拡大報道陣に囲まれて法廷へ入るラミン・ディアク被告(中央)= 2020年1月13日 、パリの軽罪裁判所、疋田多揚撮影

 タン氏は2008年に北京に渡り、北京五輪開催時にアフリカ諸国を紹介するパビリオン運営に関わったとされる15。五輪大会期間中、開催地には五輪招致などを目的にした各国の接待施設が開設され、そこでは五輪貴族たちが毎晩のように贅を尽くしたきらびやかかパーティーを開き、その舞台裏で人知れず密談が交わされる。

 この接待施設がタン氏の本格的な五輪ビジネスへの入り口となった。当時タン氏は電通グループが出資するスイスのスポーツ・マーケティング会社、アスレティックス・マネジメント・アンド・サービシズ(AMS)社とコンサルタント契約を結び、国際陸連の会合には定期的に出席していたようだ16

 2001年、電通が出資し不正を繰り返していたスイスのインターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー(ISL)社が破綻した。この直後にその実質的な継承企業としてAMS社が設立された17。そして2019年、フランス検察当局が東京五輪招致疑惑でAMS社を捜索したのである18。つまり、この五輪招致疑惑は電通が密接に関係しているのだ。

 タン氏の五輪招致コンサルタントとしての実績について不明だったため、2020五輪招致委は電通の役員に照会を求めた。電通がタン氏の実力にお墨付きを与えたため、招致委はBT社とコンサルティング契約を結んだ19。この件について電通は朝日新聞の取材に対して「ロビイストとしての実績はある、という事実を伝えたまで」と回答した20

 タン氏の素性について筆者の同僚である五輪専門誌「ATR」のエド・フーラ編集長(当時)は毎日新聞へのコラムの中で「(五輪)招致コンサルタントは数多くいるが、タン氏は何もコメントを発しておらず謎に包まれている。筆者も東京都が開催都市に決まった2013年9月のIOC総会を取材したが、タン氏の名前は聞いたこともなかった。それにもかかわらず(招致委は)しっかり地位を築いた招致コンサルタントに遜色のない報酬を支払っている21」と疑問を呈した。

 筆者もフーラ氏に直接、タン氏について問い合わせた。フーラ氏は

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筆者

小田光康

小田光康(おだ・みつやす) 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

1964年、東京生まれ。米ジョージア州立大学経営大学院修士課程修了、東京大学大学院人文社会系研究科社会情報学専攻修士課程修了、同大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論、社会疫学。米Deloitte & Touche、米Bloomberg News、ライブドアPJニュースなどを経て現職。五輪専門メディアATR記者、東京農工大学国際家畜感染症センター参与研究員などを兼任。日本国内の会計不正事件の英文連載記事”Tainted Ledgers”で米New York州公認会計士協会賞とSilurian協会賞を受賞。著書に『スポーツ・ジャーナリストの仕事』(出版文化社)、『パブリック・ジャーナリスト宣言。』(朝日新聞社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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