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ウイズコロナの時代、人を呼ぶ花と温泉の町 群馬県中之条町

【17】花作りを目指して若者が移住し、温泉を求めて旅人が訪れる癒しの町

沓掛博光 旅行ジャーナリスト

 ウイズコロナの状況が続く中、暮らしに安らぎや癒しを求める方も多いのではないだろうか。その安らぎや癒しが手軽に得られる花と温泉をキャッチフレーズにした町がある。群馬県中之条町である。

 県の北西部にあり、北は長野県と新潟県に接している。試みに町のホームページを開いてみると“花と温泉の町なかのじょう”のコピーが目に入ってくる。町長の挨拶文や職員の名刺、役場の封筒などにもこの言葉が躍る。最寄駅となるJR吾妻線の中之条駅に降り立つと町民の方が手入れする季節の花が旅人を迎えてくれる。

 温泉は四万(しま)、沢渡(さわたり)、六合(くに)温泉郷とあり、文字通り花と温泉が豊かな町と言える。とりわけ花は幅広く利活用され、鑑賞ばかりでなく、東京の生花市場で人気ブランドに成長した山野草を主体にした宿根草(しゅっこんそう)の栽培、バラを使った食材加工、多彩なフラワーデザインなど地域振興の軸にもなりつつある。住む人にも訪れる人にも優しい“花と温泉の町”を訪ねてみた。

安らぎを求め、花の庭園「中之条ガーデンズ」へ

 花で飾られた中之条駅から車で15分ほど、田園地帯を抜けて行くと中之条ガーデンズに着く。2021年4月にオープンした町営の庭園で、12ヘクタールという広々とした敷地にはローズガーデン、町民花壇、渦巻き状に花が植栽されたスパイラルガーデンなどが作られ全体で9つのゾーンで構成されている。麦の穂が風に揺れるフィールドや地元中之条に自生する宿根草を中心にしたガーデンなど地域の植生にも配慮した設計になっている。

およそ400種のバラが植えられた中之条ガーデンズのローズガーデン。春と秋に庭園を彩る(中之条ガーデンズ提供)

 「庭園名をガーデンズと複数形にしたのも、こうした様々な植物が共生、共存する世界を表現しているからです」と同園を管理する中之条町役場花の町づくり課の福田義治課長は言う。

 オープンから1年を経た今年のGW期間中には約1万6000人が訪れ、6月には前年同期より34%多い2万4000人と来訪者数は増加している。農水省の「花きの現状について」(2022年2月)の発表資料でも、花がある場合は、無い場合と比べてストレスが25%緩和され、逆にリラックス効果は29%高くなると花の持つ効用を紹介している。ウイズコロナの暮らしの中で花咲く庭園に多くの人が足を運ぶのは、当然の結果なのかもしれない。

 庭園の中でも春と秋に400種を超えるバラが咲き乱れるローズガーデンは人気エリア。今年の6月には国花がバラのブルガリアのマリエタ・アラバジエヴァ駐日特命全権大使も訪れ、咲き誇るバラの花に感激。これが縁で同国のバラの株が10月に寄贈されることになった。

 10月中旬には、秋バラが見頃を迎えるローズガーデンから宿根草が咲くナチュラルガーデンなどを巡り、歩を進めると木々の葉影にベンチなど設置したリラックスの森が現れ、その向こうに密集して枝を伸ばすバラ園が見えてくる。ローズガーデンとは趣を異にした、濃いピンク色をした花が静かに咲いている風情。これは食香バラと呼ばれる、文字通り食と香りを楽しむバラである。通常は6月ごろが開花時期と言われているが、8月末に訪れた時はまだ、花をつけている枝も一部見られた。いずれも中国が原産の豊華(ほうか)、紫枝(ずず)、唐華(とうか)の3種類で、主に前2種を中心に678株を栽培している。

食と香りを楽しむ食香バラ。中国が原産で、古くから食用や薬用に使われていたという(中之条ガーデンズ提供)

食香バラを楽しみ、花桃街道を経て暮坂峠へ

 町役場農林課の資料によると、中国では唐の時代から食香バラを食用や薬用として広く利用してきたとある。昨年のオープン前の段階から苗が植えられ、栽培が始められていた。

 「食香バラとして栽培、加工し、苗も販売をしています」と中之条ガーデンズの中沢一係長は強調する。この花を乾燥させてドライフラワーにし、湯に落してお茶のように香りを楽しんで飲んだり、生の花びらを天ぷらにして味わったり、あるいはジャムやシロップを作ったりなど、見る花から味わう花への展開に向け、町では民間と協働で加工品作りを試作中である。

 鼻を花弁に近づけるとバラ特有の甘い香りがただよう。中之条町観光協会の宮崎信雄事務局長も「この香りと味わいを訪れた観光客の皆さんに楽しんで頂けるよう、宿の女将や食事処などと検討を進めていきたい」と語る。バラの花を軸にした第6次化への取り組みと言えるだろう。

 食香バラのエリアのお隣がリンゴ畑で11月中旬の収穫時期には1個100円でリンゴ狩りが行われる予定。その先の右手斜面には枝を広げた林が見える。約1000本の花桃が植えられた花桃の丘で、4月にはピンクの花が斜面一面を染める。

 この花桃の木はまた、庭園内とは別に、中之条ガーデンズを起点にして国道と地方道沿いにも植えられている。花桃街道と名付けられ、国道353号から主要地方道55号に入り、途中、沢渡温泉を経由して暮坂峠を越え、中之条山の上庭園まで約20キロ、約1万本が植えられている。4月、ピンクや時に白い花が混じって咲くその姿は里に春の訪れを告げる風物詩にもなっている。花桃は花と湯の町を代表する花のひとつと言える。

 その花桃街道に沿って車を進めると道は二手に分かれ、右は四万温泉へ、左は四万川を渡り主要地方道55号に入る。こちらの道をしばらく行くと右手に沢渡温泉の入り口が見えてくる。江戸時代より峠を越えたお隣の草津温泉と共に湯治場としてにぎわったところだが、今は宿が10軒と山間の静かな湯里になっている。

 ここから車でおよそ15分、山道を上っていくと

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