裏づけ証拠を提出すべきは被告人である
2022年11月07日
刑法の性犯罪条項見直しに関わる、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会の試案が提出された。後述するように、親等の「監護者」に関わる特別な条文を設ける等の改善を図った2017年の刑法改定に比べて、前進した部分もあるが、本質的な点で被害者・支援者の期待を裏切ったと判断される。
強かん罪の適用が配偶者間に広げられたこと(試案5p)、撮影罪(盗撮罪)が提案されたことは、評価できる(同10p)。後者について言えば、近年検挙件数は増加しており、10年で2倍以上になったという(2022年8月2日付東京新聞)。従来、盗撮への対処は自治体まかせだったが、試案どおりに刑法が改定されれば実質的な盗撮禁止法となる(論座「「男女共用トイレ」と盗撮について、反論に応える」)。
子どもの被害者に対するいわゆる「司法面接」の証拠化も評価できる(試案8-9p)。ただし大人についても司法面接に準ずる面接を証拠化する体制を、作るべきではないか。性犯罪被害者は、総じて警察に出頭することに強い抵抗感を示す。だが、そうした面接法を開発・採用し、実質的に警察での事情聴取や証拠保全と同様の効果をもちうる、各種機関の連携的な相談・事後対応体制を作る努力はできるはずだ。
13歳を「性交同意年齢」とする規定をすえおいたのは失態だが、13歳以上16歳未満について一定の配慮をした点はひとまず評価できる(同3p)。ただし、5歳以上の年齢差がある者の行為しか性犯罪と見なさないのは、その年齢層の行動様式を知らない者の発想である。10代では「長幼の序」の規範が極端な形で働き、たった1年の違いが想像以上の力関係につながる。試案はその点への配慮を欠いている。
「監督者」「保護者」が関与する性犯罪を独立規定にという被害者・支援者の強い要望は、いかされなかった。だが被害者となりうる弱者の人権を思えば、これを確たる犯罪類型として確立する必要がある(論座「対象を権威者に広げ、性虐待の時効停止・廃止を」)。
なるほど構成要件に関連して、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」が行使されるケースに配慮した規定案はある(試案1p、後述の(ク))。だがそうした曖昧なままにとどめず、明確な独立規定としなければならない。「監督者」「保護者」による性犯罪の被害は、それに値するほどに深刻である(論座「「性犯罪に関する刑事法検討会」報告書に失望した──軽視された世論の動向」)。
17年改定では、親等の「監護者」による性虐待を暴行・脅迫等の要件(後述)なしに処罰化する条文が設けられた。この規定を拡張し、教師・指導者と生徒、上司と部下などのように、保護・監督等を名目に一定の強制力を行使しうる者の犯行を、独立した犯罪類型として明示することが不可欠である(論座「強制性交等罪の法定刑と性交同意年齢を引き上げよ」)。
試案で特に問題とされるべきは、強かんの構成要件についてである。従来、それは「暴行・脅迫」、「心神喪失・抗拒不能〔の利用〕」(後者はいわゆる「準強かん」の場合)とされていた。今回はこれを、加害者側・被害者側に分けて整理するのみか、それぞれをより詳細な形で明示した点に特徴がある(試案1p)。
だがこれは、結局従来の構成要件の焼き直しである。いや、焼き直した結果むしろ悪くなったと言うべきか。これまでは「暴力・脅迫」要件の程度説明のために補助的に提示された「反抗を著しく困難ならしめる程度のもの」という条件が、今回は事実上「拒絶困難」という言葉に代えられて、明確な構成要件にいわば格上げされており、「拒絶」は被害者の義務であるかのように扱われている。これが試案の最大の問題点である。
だが、何より重視されるべきは、「〔相手の〕意に反した性交をしてはならない」(後藤弘子千葉大学教授、2022年10月25日付朝日新聞)という倫理規範・法規範である。それは世論の圧倒的な支持を得るだろう。なのに「拒絶」を前面に出し、「意に反した性交」あるいは「不同意の性交」を唯一の構成要件とすべきだという要求を、なぜ部会は認めないのか。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください