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米・中間選挙、「赤い波」にNOを突きつけた若い世代──中絶問題の背景

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 11月16日、米国の中間選挙は共和党が下院で過半数218席を獲得したことで事実上終結した。まだ上院では12月に決選投票となったジョージア州の1議席、そして下院では(この記事を執筆中の11月20日現在)5議席でまだ決着がついていないとはいえ、上院は民主党、下院は共和党が過半数になることが決定した。

 下院の民主党多数が覆されたとはいえ、わずか数席の差。民主党は当初予想されたような惨敗にはならなかった。

中間選挙で「善戦」し、支持者から歓声を受けるバイデン米大統領=2022年11月10日、ワシントン中間選挙で「善戦」し、支持者から歓声を受けるバイデン米大統領=2022年11月10日、ワシントン

 米国タイム誌は、「赤い波はピンクのしぶきで終わった」と報じたが、民主党が予想外に善戦したのはなぜだったのか。多くの報道は、トランプ前大統領の悪影響を取り上げたが、ここでは別の角度にも焦点を当ててみたい。

 「やはり『ロー対ウェイド』を覆した連邦最高裁判決の影響は大きかったと思います」

 そう分析するのは、首都ワシントン郊外ヴァージニア州で会計士を務める、知人のS氏である。

 ヴァージニア州では今回の中間選挙は下院のみだったが、28歳になるS氏の娘さんが初めて投票場に足を運んだという。その理由も、ロー対ウェイド問題だった。

 「ロー対ウェイド」とは、1973年に連邦最高裁が人工中絶を違法としていたテキサス州の法律を違憲と認めた判決のこと。これにより女性に対して、堕胎する選択の自由が保証された。

 だが2022年6月、連邦最高裁が49年ぶりにこれを覆し、人工中絶に関する法律は各州に任せるという判決を出した。現在すでにテキサス州など保守派の強い13の州で、人工中絶を刑事犯罪とする法案が通っている。

 ドナルド・トランプ大統領の就任中に保守派の判事3人が任命され、9人の最高裁判事のバランスが保守6対リベラル3になった時点で、これは予想されていたことだった。S氏は言う。

 「連邦最高裁が覆したのが6月。当初は大ニュースになりましたが、中間選挙まで5か月ありましたから、国民たちの記憶はそれまでに薄れてしまうのではという声もありました。でも若い人たちにとって簡単に忘れられるようなことではなかったのでしょう」

人工中絶が刑事犯罪になると起きること

 選挙中に流れた民主党のキャンペーンビデオに、これに焦点を当てたものがある。

 裕福そうな住宅街に、パトカーが乗り付ける。警官二人が降りて一軒の家のベルを鳴らし、幼い子のいる白人夫婦がドアを開けた。すると警官の1人が妻に向かって「人工中絶を受けた容疑で令状が出ている」と告げるのだ。妻と夫は恐怖にかられた表情で、お互い視線をかわす。連行されようとする妻を庇うように夫が前に出ると、その瞬間、二人の警官が同時に拳銃を抜いて夫に突き付け「下がってろ!」と叫ぶ。火が付いたように泣き出す子供。妻は泣きながら、パトカーに乗せられていく。

 ショッキングな映像だが、人工中絶を刑事犯罪とした13の州では、これがすでにフィクションではなく現実なのだ。性犯罪の犠牲者も、個人的な事情で出産できない女性も、人工中絶を受けるとその処置をほどこした産婦人科医ともども犯罪者となり、刑事犯として逮捕されるのである。

カンザス州ウィチタの人工妊娠中絶クリニック前で、中絶がなくなることを願って祈る人たち。毎月の第1土曜日にこうして集まっている=2022年9月3日カンザス州ウィチタの人工妊娠中絶クリニック前で、中絶がなくなることを願って祈る人たち。毎月第1土曜日に集まっている=2022年9月3日

共和党が抱える白人福音派

 これは将来妊娠する可能性のある全ての女性にとって、他人事ではない。すでに人工中絶を禁止した州のいくつかでは、他州に行って処置を受けた女性の追跡調査まで検討されているのである。

 共和党が行政を完全にコントロールすることになれば、こうした保守化が加速していくことは間違いない。ロー対ウェイド判決が覆された今年の6月、保守派の1人であるクラレンス・トーマス判事が「次は避妊具の使用と、ゲイ同士の恋愛や結婚も再検討するべきだ」と主張して、リベラル派の国民を震え上がらせた。

 避妊具の使用に法律が関与してくるというのは、日本人の感覚ではちょっと理解できないだろう。だが現実に

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