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会社の業務「引き継ぎ」が人事評価されない不幸──無責任リスクの回避を

倉沢鉄也 日鉄総研研究主幹

引き継ぎ不首尾がもたらす業務生産性低下は、見ていて辛い

 筆者は現在、複数の製造業大企業に対して、いくつかのテーマに限定して営業部門へのアドバイザー的な振る舞いをしている。同じ部署の同じ課題を提示され、同じアドバイスをする場面が時々出現する。課題を課題として認識していない営業担当者に「こういう課題を前任の方から持ち掛けられて、こう改善に向かったことがありますよ」と声を掛けると、驚いて対応を始めるという場面も時々出現する。

 さらには同じ声掛けをして何の返事もなく、その2か月後くらいになって「こんな課題があります。どうにかなりませんか」と声を掛けられ、「2か月前にメールで書きましたよね?」と返すと、「……あぁ検索したら出てきました……関係ないと思って読み飛ばしていました」となる人も複数体験した。

 要するに、人事異動前後で課題をめぐる情報が前任・後任者間で引き継がれていない。外部コンサルタントである筆者が、前任者と共有していたはずの知識を提供していなければ、対処法や選択肢が毎回ゼロリセットの多大な無駄が生じるピンチが出現する。聞けば「いや、前任者からそんなことは聞いてません。資料も残っていません。教えていただき、資料までいただいて、ほんとに助かりました」ということになる。

 属人の塊、また断片的にしか接点を持たないコンサルタント、それも人事目的ではなく個別テーマのアドバイザーでしかないコンサルタントが、このような理由でバリューを認めてもらえるという姿は、本来あってはならない。製造業の営業部門のような、名もなき“戦士”たちの業務引き継ぎは、前任・後任において属人性を完全に廃して行われるべきだ。しかしこの困った歴史は繰り返される。

 少なくとも私が関わるすべての製造業顧客において、前任者による引き継ぎ内容は、その前任者の人事評価に反映されていないと、本人から聞いた。そして後任者の仕事が引き継ぎ事項不十分によりマイナスの人事評価を直属の上司から受けざるを得なくなった場合も、それが前任者の不行き届きにおいて手加減されたり、前任者の責任になったりすることは、私の体験の限りは、ない。

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 十分な引き継ぎが行われないことがマイナスの出来事を起こしたり、逆に筋のよい引き継ぎ情報のおかげで感謝されたりするのは、1年2年たってから。さらには後任の人物が異動してのち“前々任者”になってから(=4~5年たってから)というケースも見受けられる。つまり引き継ぎそのものについて半年や1年の人事評価では反映しづらい場面を筆者が見る場面は多い。

 まして彼らは毎月の収益面の業績で右往左往し、人事評価の多くの部分をその業績の数量や、トラブルシューティングのスムーズさなど定性面で受け取っている。営業部門の担当者とその上司たちにとって、長いスパンの事象、それも致命的な収益上の問題ではなく労働生産性の悪化や、多大だが企業として致命的とは言えないコストの無駄に、人事評価を振り向ける余裕もない、ということなのだろうか。

 さらには、「前任者の引き継ぎ情報を十分に引き出せないのは後任者の責任で、前任者とは違うやり方で業務を改善すべきである。そのための人事異動とジョブローテーションだ」という見方すらあるかもしれない。しかし、やったことのない仕事に必要な情報を引き継ぐ際に、見たことのない必要性の判断の責任を後任者が負うというのは筋が通らない。だからこれはもっぱら前任者の責任だ。

 前任者と違う後任の仕事の仕方があっていいのは、同じ知識を持って同じパフォーマンスを出したうえでの創意工夫の類であろう。前任者ができていたことを後任者ができない原因が引き継ぎ不足だという事態は、組織のガバナンスとしても、無形資産の持続可能な育成・成長という観点からも、最悪の事態と考える。現に筆者はそうした場面を支援可能な第三者としてたびたび体験してきた。

世の知恵には、どうも答えが見当たらない

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 以上を踏まえて、「引き継ぎは人事評価の重要な課題であり、すでに整備済とか先行事例豊富とか課題のフレームワークとかが用意されているのだろう」と思ってごく短時間Web上で勉強してみた。しかし筆者の調べ方が悪いのだろうか、人事コンサルタントや経営学者たちによる、正解の類の情報発信はどうも見当たらない。

 「引き継ぎの成否はなぜさかのぼっての人事評価対象にならないのか」などという単純な問題点が、人事分野の新発見とは到底思えない。直属の上司が評価できなくても、後任者、顧客や調達元などの取引先、筆者のような第三者、もっと上層の上司、さらには会社の無形資産を管理・評価する機能を持った部署などで多面的な検証と評価はいくらでも可能なはずだ。何かアンタッチャブルな論点なのだろうか。人事分野に詳しくない筆者にはこの論点の土地勘がない。

 これらは日常の業務記録で解決できる、とくに営業部門ならば社内外連携も含めて文字情報の記録に残して分析が可能だ、営業もDXの時代だ、という話が世に多いことも知っている。

 しかし本件で筆者が課題視しているのは、日常の業務報告レポートには出てこない、いわば分析・考察のレベルでないと担当者の頭からは出てこない業務知識やノウハウの類だ。クラウドアプリ上のテキストマイニングは役に立たない。営業担当者にとって業務上の登場頻度は年1~2度と少ないが、ひとたび担当者がしくじると、関係者への多大な迷惑とコンプライアンス違反の可能性も含めた業務生産性の低下(要するに人手間)が生じる。DXで多く語られるデジタルツールの一般的効能は、高頻度・大量・多様な情報の処理において有効に機能するもので、そうした年に1~2度起きる難題に対処することに力を発揮する可能性は低い。

Know WhoにもDXにも頼らない、社内蓄積~人事評価を

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 大企業製造業の営業部門の仕事において、「それは倉沢というコンサルタントに聞けば済む」というKnow Who(誰が知っているか)の問題解決は、あってはならない。コンサルティング会社なぞ金の切れ目が縁の切れ目、属人を排して引き継ぎを行うという仕事の仕方は、ベテラン層になればなるほど基本的に行われない。

 逆に言えばコンサルタントは

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