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宇野昌磨が提起したフィギュアスケート世界選手権代表選考問題を検証する

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 2022年フィギュアスケート全日本選手権が終了し、2023年3月に埼玉で開催される世界選手権の代表が発表された。

 この代表会見の場で、宇野昌磨が「僕が言うことではないのですが、この選考基準というのはどういったものか僕にはよく分からないですが、あまり嬉しく思えない部分もあります」と発言。これまで他者を批判するような言葉を口にしたことのなかった宇野の異例な発言は、各種マスコミで大きく取り上げられ、ファンたちの間にも物議を醸している。

 この騒動の原因には一体どういう背景があるのか、アメリカの視点からも検証してみたい。

 最初に、本原稿はどの選手のことも、批判したり、貶めたりする意図は全くないということを強調しておく。

 宇野は発言の意図を問われると、「これ以上僕が言うことではないので、今のいっときの感情で変なことを言うとアレなのでコメントしません」と詳細を語ることを拒んだ。だが彼の言った「あまり嬉しく思えない部分」というのは、同じステファン・ランビエールコーチの下、スイスで一緒にトレーニングをしていた島田高志郎に関してに違いなかった。島田は会心の演技で2位に入賞したのに、世界選手権の代表に選ばれなかったからである。

フィギュアスケート全日本選手権の男子シングルで優勝した宇野昌磨(中央)、2位の島田高志郎(左)、3位の友野一希=2022年12月25日
フィギュアスケート全日本選手権の男子シングルで優勝した宇野昌磨(中央)、2位の島田高志郎(左)、3位の友野一希。島田は世界選手権の代表に選ばれなかった=2022年12月25日

 シングル代表に選出されたのは、男子は優勝した宇野、全日本5位の山本草太、3位の友野一希の3人。女子は優勝した坂本花織、2位の三原舞依、そして12位だった渡辺倫果という顔ぶれだった。

 今回の日本チームの選抜は、海外からどのように見られているのだろうか。

2位をはずして4位を五輪代表に選んだアメリカ

会見に臨む世界選手権のメンバー2022年12月25日会見に臨む世界選手権のメンバー=2022年12月25日

 「発表されていたクライテリア(選考基準)に沿って、どういう成り行きで選抜されたのかがよく理解できる、納得の代表選考だったと思います」と、米国の著名なスケート記者、ジャッキー・ウォン氏は筆者に語った。

 「この選考基準というのはどういったものか僕にはよく分からないですが」という宇野の発言によって、日本スケート連盟は選手たちにきちんと選考基準を伝えないまま、密室談義で代表を決定したと誤解した人々もいたようだ。だがそれは事実ではない。

 ウォン氏が言うように、連盟は毎年シーズンが始まる9月に、そのシーズンの選考基準を発表して連盟のウェブサイトを通して一般公開もしている。すでに多くのマスコミがその選考基準を詳細に報道しているのでここでは繰り返さないが、全日本選手権の結果はクライテリアの一つにすぎないのだ。

 全日本のメダリストで代表が即決されるのは、優勝者のみ(年齢がISU=国際スケート連盟規定に達していた場合)。それ以外の選手は、2位、3位も含めてその年のGP(グランプリ)シリーズの成績、今季のパーソナルベストスコア、ワールドランキングなども考慮されて総合的に判断される。特に世界選手権は翌年の出場枠取りがかかっているだけに、より上に行く可能性のある選手を吟味して選抜していくのは連盟の責任でもあり、義務でもある。

 実はこうした選考基準の設置は、日本だけではない。例えば全米フィギュアスケート協会(USFS)の場合、2016年から「優勝者は自動的に代表に選ばれる」という項目すらもはずしてしまった。今のところさすがに優勝選手が代表からはずされたという例は聞かないものの、2位が代表から漏れたことは何度もある。

 2021─22シーズンの全米選手権では、新星イリヤ・マリニンがネイサン・チェンに次いで2位に入った。だがUSFSは4位だったジェイソン・ブラウンを、マリニンの代わりに北京オリンピックに送ったのである。

 ナッシュビルで現地取材をしていた筆者は、SP、フリーで4回転を合計6本成功させ、(ISU非公認とはいえ)300点超えをしたマリニンが落とされたことに、当初は驚いた。だがジュニアから上がったばかりのマリニンが、全米の2か月前に出場したチャレンジャーシリーズ(オーストリア杯)では80ポイントも低い220点台だったことを知り、納得したのである。一方ブラウンはそのシーズンに出場したGP大会2試合ともメダルを手にし、260点前後を安定して保っていた。

イリア・マリニン直前の全米選手権で2位になりながら北京五輪の代表に選ばれなかったイリア・マリニン

 もちろん4回転を武器に持たないブラウンより、マリニンの方がポテンシャルはずっと高い。だがUSFSはクライテリアに従って、より実績がある、より頼りになる選手を選んだ。マリニンは公にUSFSの決断を非難することはなかったが、過去にはもっと声高に連盟を批判して物議を醸した選手の例もあった。

 「でもUSFSがこうした選考後に、個々の選考理由を説明する記者会見を行ったということは記憶にありません。問い合わせがあれば、すでに公開されている選考基準を記したリンクを送るくらいです」

 米国で長年フィギュアスケートを取材してきたライターのリン・ラザフォード氏はそう説明する。

試行錯誤を重ねる連盟

 今回は宇野選手の発言を重視したメディア陣の要請によって、竹内洋輔強化部長がその後、全日本一発勝負ではなく総合的に判断していること、選考基準などは予め発表していることなどを、丁寧に説明した。

 そもそも今季は、GPシリーズの男子シングルではファイナル進出6人中、4人を日本選手が占めるという2012年以来の快挙となった。ところがファイナルからわずか2週間後に開催された全日本選手権ではその疲れが出たのだろう、宇野を除いた3人はふるわず、表彰台を逃す。代わりにGPファイナルに進出できなかった島田と友野が2位、3位に入るという複雑な状況になった。

 島田選手は、今季のGP大会はアメリカ大会9位とイギリス大会4位。友野はフランス大会3位、NHK杯4位。2人を比較すると、今季のパーソナルベストスコア(PBS)は、友野が島田より5ポイント近く高い。特にこのPBSは重要で、国際大会でどのくらいジャッジの評価が出ているのかという基準にもなる。

 今回のクライテリアの中で島田が獲得していたのは全日本2位という条項のみだった。その他の条項では、山本草太、友野一希だけではなく、GPファイナルに進出して4位だった佐藤駿の方が上に位置していた。

 それなら、全日本選手権の意味がないのではないか、という声もある。だがそんなことはない。

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