天野諭(あまの・さとる) 中部大学現代教育学部非常勤講師
保育士を経て、名古屋市立大学人間文化研究科博士前期過程修了。現在、立命館大学人間科学研究科博士後期課程在籍。中部大学現代教育学部非常勤講師、名古屋文化学園保育専門学校非常勤講師、名古屋医健専門学校こども保育科非常勤講師
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
虐待行為を正当化してしまう〈先生アイデンティティ〉という要因にどう対応するか……
2022年11月、静岡県裾野市の認可保育園さくら保育園において保育士3名による在園児への虐待事件が起きた。あってはならない虐待はなぜ起きてしまったのか? 「保育士はなぜ虐待をしてしまうのか?~保育士・研究者による体験的考察(前編)」に引き続いて考える。
前編でも記したが、筆者は保育士免許を取得して約8年認可保育園に勤務、数年前から保育士の傍ら大学院で保育学研究を始めた。昨年夏(2022年7月)に保育園を退職し、大学院での研究を続けながら、保育士養成の専門学校や大学で非常勤講師として学生の指導にあたっている。
前編の最後では、疲労困憊(こんぱい)するなか、保育士の心の中に湧き上がりがちな苛立ち、怒り、憤慨、腹立たしさといった感情(以下、〈ネガティブ感情〉)を子どもにぶつけてしまう前に、保育士同士の相互ケアを通してコントロールすることの重要性を指摘した。後編では、虐待行為を正当化してしまうもう一つの要因について説明するところから、さらに考察を深めてみたい。
正直言って、筆者もまた、プライドを守るために〈ネガティブ感情〉を誰にも相談できなかった一人である。そして、〈ネガティブ感情〉に突き動かされた行動が危うく虐待につながりかねなかったと反省した経験がある。
実はこうした行動の裏には、もう一つの要因が存在する。それは何か?
まだ、駆け出しの保育士だった頃、筆者は他児を叩いたり蹴ったり、物を投げてしまうAちゃんを担任した。ある日、繰り返されるこの問題行動をなんとか止めようとAちゃんの片腕を掴(つか)んだ。
余裕がなかった筆者の心は、怒りで満たされてしまっていた。そのためか、Aちゃんの腕を掴む手につい力が入ってしまった。次の瞬間、Aちゃんが体をすくめて萎縮するのがわかった。そして、大声で泣いた。
一見片腕に触れているだけなので、外からは虐待に見えない(監視カメラも役に立たない)。しかし、大人の大きな手では、僅(わず)かに力を入れただけで、その怒りがダイレクトに伝わってしまう。ハッと我にかえり、その手を離してAちゃんに謝った。
冷静に考えると、一連の問題行動はAちゃんの気持ちのSOSのようなもの(いわゆる注目行動)だったのだろう。注意や叱りではなく、Aちゃんはどのようにしてほしかったのか、もっとじっくり気持ちを聞き届けることが、保育士として筆者がやるべきことだったと今になると反省する。
★「保育士はなぜ虐待をしてしまうのか?~保育士・研究者による体験的考察(前編)」は「こちら」からお読みいただけます。